話し手が感情を表せば声の抑揚を付け、冗談を口にしたら明るく面白く伝わるように。“Why?”と両手のひらを上に向ける動作、「クビ」を表す手の動きなど、ボディーランゲージを言葉にして伝えることもあります。
もちろん、話し手が発した情報を変えることは、通訳者として一番やってはいけないことです。あくまでも通訳を介すことで失われがちな「話し手の真意」を再現しながら訳しています。
その結果「まるでその人が話しているように聞こえた」「気持ちが伝わってきた」というお声をいただくこともあります。
主語を明確にし、自分事化させる
──一方で、社内やチームに向けたメッセージが伝わらないと悩むリーダーもいます。
企業のトップと社員とでは視点も違うし、心理的距離もありますよね。でも話の本題に入る前に当たり前の挨拶をするだけでも、距離を縮め、聴き手を惹きつけることができます。
一例として、グローバルに拠点を置く企業のトップが、全社員向けにオンラインでメッセージを届けるならこうなります。
「イギリスはいま真夜中ですね、起きていますか? 日本は猛暑だと聞いています、元気ですか? 今日は“みなさんに”いくつか話したいことがあります」
こんな挨拶を最初に入れるだけで、聴き手に対して自分に注意が向けられているという感覚を与えることができる。でも、日本人のリーダーはやらない方が多いです。
私が通訳に入ったときに心がけるのが「主語」の明確化です。日本語は主語を省略しても伝わる言語ですよね。そこで私は、「I」や「us」、「you」、「we」を補足しながら訳していきます。主語を示す事は、聴き手に自分事化させる効果もあります。
例えば、日本人がおじぎをしながら「商談がまとまってよかったです」と話したら、英語では「おかげさまで御社(you)との話がまとまって、私たち(we)は嬉しく思います」という風に、外国人にわかりやすい表現へと置き換えるのです。
ただ、理想的には通訳者が訳している時間は、短ければ短いほどいい。なので、すべての言葉を情感たっぷりに伝えていくわけではありません。
──では、どのようなタイミングで感情を訳すのでしょうか?
私が通訳を引き受ける際に、必ず確認するのは、クライアントが目指すゴールです。このミーティングに期待される成果は何か、そして意思決定のキーマンは誰か、反対派は誰か、などを把握します。
そうすることで、誰に向けて訳すかが決まりますし、ゴールに結びつくであろう重要な局面が来たら、より感情のニュアンスを含めて通訳することを意識するわけです。
一方、この話は全員がもう理解しているなと判断したら、テキパキと要約していきます。常に熱く通訳するばかりではないです(笑)。クライアントのゴールから逆算して、簡潔でいいところは機械的に訳していきます。
ただし、1つ気を付けなければいけないことがあります。