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2022.09.15 14:00

遠い未来のことも考慮する人類の「長期主義」は動物には危険なもの

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オックスフォード大学の哲学者、ウィリアム・マッカスキルの新刊『What We Owe the Future(私たちが未来に負うべきもの)』が、大きな議論を巻き起こしている。これは、効果的利他主義(EA、effective altruism)の最新の動きだ。この社会運動の支持者は、戦略、データ、証拠を利用して世界に最大限の良い影響を与えることを目指している。

マッカスキルの新刊では、そうしたEAの思想の中でも「長期主義(longtermism)」と呼ばれるものが力を増していることが主張されている。長期主義者たちは、私たちの今日の行動が恐ろしくはるかな未来、すなわち数十億年先、数兆年先の人類の生活を改善することができ、実際そうすることが私たちの道義的責任であると主張している。

いろいろな意味で、長期主義は素直で議論の余地のない良い考えだ。人類は古くから、自分の子どもや孫だけでなく、決して会うことのない未来の人々への貢献にもずっと心を砕いてきた。それは、たとえば先住民であるホデノショニ(別名イロコイ)の人々が抱いていた「7世代原則」に反映されている。この原則は、いま生きている人々に、自分たちの行動が7世代先におよぼす影響について考えるよう求めている。遠い未来の人々は現段階では「声を挙げることはできない」、つまり自分たちのことについて主張することはできないのだ。だからこそ、彼らを念頭に置いて行動しなければならない。しかし、マッカスキルの楽観主義は、人間以外の動物、つまり良くも悪くもこの地球を共有している何百万という種の動物にとって、悲惨な結果をもたらすかもしれない。

20年近く前、オックスフォード大学の哲学者ニック・ボストロムが「天文学的な無駄(astronomical waste)」いう概念の下に、長期主義の提唱を始めた。彼は、途方もなく遠い未来の人々でさえ、私たちの倫理的考慮に値すると主張し、もし人類が宇宙を植民地化することができれば、現在よりもはるかに多くの人々が存在できる可能性があると主張している。私たちが他の惑星の植民地化に取り組まずにいるだけで、時々刻々と、何兆もの潜在的な人間の命、つまり生まれ得る命が失われていくというのだ。「人類が順調に生殖を重ねていくと仮定すると、私たちの超銀河系に対する植民化が1秒遅れるたびに、最も控え目に見積もっても100兆人もの潜在的な可能性が失われるのです」とボストロムは書く。だがオックスフォード大学のもう1人の哲学者(これで3人目だ!)、トビー・オードは、人類の存続を脅かす「実存的リスク」について深刻な懸念を抱いている。もし私たちが核戦争、人為的パンデミック、自己複製するAIなどの脅威に対処しなければ、私たちは何兆、何十兆という命をかけた「ロシアンルーレット」をしていることになる。

「人類」の無限の成長は、「人類の問題」の無限の成長を意味する。そして、長期主義者の世界ではほとんど無視されているのが、家畜として育てられた動物に対する組織的、商業的な残虐行為だ。米国だけでも、毎年何十億もの動物が工場に閉じ込められ、食用のために殺されている。物事は道徳的な観点からは、改善ではなく悪化する傾向にある。米国における肉の消費量は過去最高となった。
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翻訳=酒匂寛

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