これほどの日本文化に対するリスペクトや、原作への正対した扱いについては、やはり理由がある。それは、日本のエージェントが直接ハリウッドに原作をプレゼンしたものだったからだ。
今回の映像化のプロジェクトが始まったのは、原作が刊行された直後の約10年前。伊坂の小説を英語圏でも広めたいという趣旨から、まずそのきっかけとして映像化をめざすことになった。今回の「ブレット・トレイン」でもエグゼクティヴ・プロデューサーとして名を連ねている三枝亮介と寺田悠馬が作品の売り込みにあたった。
『ブレット・トレイン』より。殺し屋コンビのレモンとタンジェリン
通常、日本の小説などがハリウッドで映画化される場合、原作そのものからではなく、映像化された作品のリメイクとして企画されることがほとんどだ。ところが「ブレット・トレイン」に関しては、日本での映像化を経ずに、直接ハリウッドに企画が持ち込まれている。しかもその時点で、アメリカでは小説の英語版さえ刊行されていなかったのだ。
三枝は大手出版社を経て、出版エージェントの会社に参加、当初から伊坂作品の版権窓口として動いていた。一方、寺田は外資系証券会社などを経て三枝の会社に。彼らは、ハリウッドのソニー・ピクチャーズに直接、映像化の企画を提案し、好感触を得たのだという。
2017年、2人は作家の海外著作権などを扱うエージェント会社「CTB」を設立。この会社を通して「ブレット・トレイン」の製作にも深く関わっており、それが原作小説や日本文化へのリスペクトを担保したと言ってもいいかもしれない。そういう意味で、この「ブレット・トレイン」は、日本の知的財産ビジネスにおいて新たなケースを開拓した。
『ブレット・トレイン』。9月1日(木)から全国の映画館で公開中
伊坂幸太郎は、自らの小説のハリウッドでの映画化については次のような言葉を寄せている。
「何この日本!? と驚きつつ、豪華な俳優さんたちが活き活きと暴れていることに興奮しました! 暗い気持ちを吹き飛ばす楽しい映画になるのでは! と期待しちゃいます」
映画「ブレット・トレイン」は、まさにこの言葉にふさわしい痛快なエンタテイメント作品となっている。まだまだ日本には興味深いストーリーやアイデアを持った小説やコミックが眠っていると考えている。CTBの2人がハリウッドへと切り拓いた道は、今後もますます広がっていくのではないだろうか。
連載:シネマ未来鏡
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