化学技術の衰退、日本でのワクチン開発の行方は

伊藤隆敏の格物致知

新型コロナもその発生から2年余りが経過したが、この夏、日本は第7波に襲われている。全国の一日の感染者数が20万人を超える日が続出している。世界で最も感染者数が多い、とも言われている(他国では正確なカウントができていない可能性もあるが)。

これまでに開発されたファイザーやモデルナによるワクチンの3回接種では、オミクロン株の感染を防ぐことはできないものの、重症化を防いでいる、という。確かに、第7波では、感染者数の急増のわりには重症者数はまだ低水準にとどまっている。

これまでに、新型コロナワクチンの輸入には2兆数千億円が使われ、近年の貿易赤字拡大のひとつの要因になっている。2020年初めの段階では、日本でワクチンの開発ができるのではないか、という期待もあったが、これまでにまったく結果は出ていない。

ファイザーとモデルナのワクチンは、mRNAを基礎に作成されているが、この手法は、動物にはこれまでにも使われてきた経緯があり、新型コロナの流行が始まってから急ピッチで開発が進められた。DNAが解析されれば、有効なmRNAワクチンの開発は比較的容易であり、いちばんの課題はそのmRNAを包み込む材料の開発だった。

しかし、ドイツ、アメリカ、イギリスで開発製造されたワクチンが世界中で使われている(中国、ロシアのワクチンもあるが、効果はやや劣るようだ)。この開発国リストに日本が加わっていないのは寂しい限りだ。日本の研究開発能力の低下の証左ではないだろうか。

実は日本でも、東京大学の石井健教授が、mRNAワクチンを、未知の新興感染症対策として開発することを提唱していたが、18年治験直前の段階で研究費が打ち切りになり、そこで開発が頓挫したという。打ち切りになった研究費がどのような規模だったか不明だが、おそらく数千万円から数億円ではないだろうか。その金額をケチったために、2兆円を超す輸入(富の流出)につながった、といえるのではないか。

大学への運営費交付金は、04年の国立大学の法人化以降、低下の一途をたどった。競争的資金である科学研究費は微増から横ばいである。デフレ経済で、授業料や大学教員給与は凍結されてきた。わずかに年齢とともに給与増はあるが、優れた業績を上げたり、特に革新的な授業を行ったりしたからといって、給与が大幅アップすることはない。過去20年間の政治による研究軽視は、着実に日本の研究力をそぎ、日本の大学の世界ランキングを低下させた。

科学研究者が、成果を上げたか、上げなかったかを測るのは、実は比較的容易だ。世界の研究者が研究成果を競って発表する査読付き学術誌(journal)へどれだけの数の論文を発表し(publication)、その論文がほかの研究者によってどれくらい引用されるか(citation)によって決まる。画期的な論文は、引用数がどんどん上がる。しかし、論文発表は容易ではない。
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文=伊藤隆敏

この記事は 「Forbes JAPAN No.098 2022年10月号(2022/8/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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