そこで今回から、市川祐子(いちかわゆうこ)が「ナラティブ(物語)IR」と題し、特にグロース市場の企業が、上場後も株価を着実に上げていくための、投資家とのコミュニケーション術を解説していく。
初回は、未上場のスタートアップに出資を行うVC(ベンチャーキャピタル)と、上場株に出資する機関投資家の、視点や考え方の違いを説明していく。
「価格決定」の違い
IPO市場は一時の減速から復活しつつあり、東証の鐘を鳴らす企業は続いている。今どきは、IPO前からVCと関係を築き、経験値を持っている企業も少なくないが、上場後その多くがIR活動で投資家との関係に戸惑い、悩んでいる。
代弁するとこうだ。
「VCは自分たちを理解し、中長期で応援してくれていたのに、機関投資家からは、評価されず正しく理解されてもいない」
こう感じるのには、認識不足がある。機関投資家の共通言語を理解することで、伝えるべきナラティブも見えてくる。
ではまず、投資家の仕事とは何か。私の理解では、VCも機関投資家も基本は同じ。
1. 「未来」をベースに本源的な「価値」を算定し
2. 「価値」より「価格」の安いときに株を買い
3. 買ったときよりも高い「価格」で株を売る
ことだ。
しかし、上場前と上場後では、売買の「タイミング」や「価格の決まり方」に大きな違いがある。まずはタイミングにフォーカスしてみよう。
未上場株を売り買いできるタイミングは限られているが、上場株はいつでも売買できる。上場前であれば、資金調達ラウンドごとに投資家に呼びかけ、ビジョンやトップの将来性、熱量への共感から出資を受けることも可能だ。しかし上場すれば、これに加え、なぜ今この株を買う必要があるか、明確に「Why now?」への答えが必要だ。
漠然と「将来伸びる」という説明だけでは足りず、何がTipping point(成長の転換点)で、それはいつどのように訪れるのかを伝える。まさにナラティブを持たせながらそのシナリオを語り、コミュニケーションを図っていくことが重要だ。
株価がなかなか上がらない場合は、単に「今ではない」と思われてしまっているのかもしれない。
では価格の決まり方の違いは何か。
VCとは基本的に相対取引だ。VCは、企業側の言い値(価格)と自分たちの「目利き」による評価(価値)を比べ、投資をする。業績や市場環境にアップダウンがあっても、次のラウンドまで「価格」は変わらない。
それが上場すると、株式市場では常時取引が行われ、「買われる株数」と「売られる株数」が一致する値段が株価となる。ある瞬間の株数ベースの需給の結果ということだ。
となると、短期でも売ったり買ったりする人が多ければ多いほど、適正な価格になりやすい。フリマでいえば、出品数が多い商品の方が適正な相場が形成されるのと同じだ。