人類に「秒速44京2010兆回」の計算力が必要な理由

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パソコンが登場して、およそ30年。当初は中古車が余裕で買えるほど高価な代物だったが、今ではほんの数万円出せば、当初のものを圧倒的に凌駕するハイスペックな機材が揃う。一家に一台はおろか、ゲームや仕事や映像編集にと、複数台を使い分ける個人ユーザーも珍しくない時代となった。かくも目覚ましい進化と普及を遂げたパソコンだが、人類の営みに対する貢献度は、活版印刷や火薬の登場にも引けを取らない。

そこに違いを見出すならば、人の世に登場した多くのツールが、使用されるに伴い改造・改革を繰り返し、時を経て進化したのとは違い、パソコンの進化には、技術以前に学術理論の前進が求められる。そんな中、2019年11月、日本が開発するスーパーコンピューター「富岳」が、4期連続の世界一を記録した。その演算能力は、1秒間に44京2010兆回の計算ができるという、想像を絶する凄まじさだ。

いずれにしろ、これほどの演算能力を獲得してもなお、世界各国の研究機関はさらに高い能力をと日夜しのぎを削っている。それにしても、どうして人類は、それほど高い計算力を必要とするのだろう。私のようなただの生活者にとって、京の位の計算など、その生涯で必要となる機会などあり得ない。しかし、それを地球人類という規模で考えるとき、それ程の計算能力を必要とする謎が、はるか昔から存在しているらしい。

院生時代から世界最大の素粒子実験プロジェクトに参加


そんな素朴な疑問に答えをくれたのが、先ごろ出版された『物理学の野望』(冨島佑允著、光文社新書)だ。著者は、院生の頃から、欧州原子核研究機構で研究員として、世界最大の素粒子実験プロジェクトに参加し、修了後はメガバンクのクオンツ(金融に関する数理分析の専門職)を務める冨島佑允氏だ。本書によれば、人類はアリストテレスやニュートンにより劇的な知的進化を始めて以来、数千年の時を経てもなお解き明かせない単純かつ超高難度な疑問に対する答えを探し続けているというのだ。

(以下、『物理学の野望』より引用)「物理学が目指しているのは「万物の理論」を生み出すことです。「万物の理論」とは、全ての自然現象を説明できる究極の理論のことです。物理学においては、理論は全て数式で表現されますから、物理学が目指しているのは、世界の全てを説明する究極の数式を見つけることだとも言えます。ニュートンやアインシュタインの野望とは、まさにこれです。物理学史は、この世の全てを数式で説明してやろうという野望を持つ猛者たちが集い、苦労し、とんでもない間違いを犯し、それでも少しずつ前進していく過程です」

物理学による、万物を支配する理論を解明する旅は、古代ギリシャにおける、プラトンやアリストテレスに始まり、ニュートンなどによって前進し続けてきた。しかしそれは、宇宙をも解明するべく進歩し続けた理論をもってしても解明できない2つの謎が現れることにより、さらなる進化を求められることとなる。

その2つの謎とは何か。

一つは、ブラックホール。それは超重力が支配する空間であり、光をも飲み込む暗黒の天体。その存在は立証されているにもかかわらず、そこに飲み込まれた物体が果たしてどうなるのか、今もって解明することができないでいる。そしてもう一つの謎は、宇宙の起源である。果たして宇宙は、何時いかなる形で始まったのか。神なる存在が創りだしたという神話を究明する。この2つの謎に、紀元前から人類は営々と挑み続けているのだ。

そんな謎を解かんとする勇者たちの戦いは、いったいどのような形で展開していったのだろうか。
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文=森健次

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