テクノロジー

2022.09.16 18:00

人類に「秒速44京2010兆回」の計算力が必要な理由

石井節子

「熱」と「光」と「電気・磁気」


(以下、『物理学の野望』より引用)「ニュートンまでの歴代の勇者(哲学者・科学者)たちは天を巡る戦いにあけくれていたわけですが、その戦いが一段落したことで視線は天から地へ移り、身の回りの何気ない『なぜ』に目を向け始めました。18世紀から19世紀は身の回りの『なぜ』をとことん追求することによって物理学が発展していった時代です。(中略)

身の回りの「なぜ」はたくさんありますが、物理学史を語る上では『熱』『光』『電気・磁気』の3つが重要です。これらは昔から知られていたけれども正体がよく分かっておらず、この3つを徹底的に考え抜くことで物理学が大いに進歩しました」

「熱」と「光」と「電気・磁気」。この3つの謎を解明することこそが、近代においての科学者たちの大命題であった。

21世紀。前述の身近な「3つの謎」はほぼほぼ解明され、それによって発展した科学技術は、私たちの生活を劇的に進化させた。スイッチ一つで闇は払われ、ボタンを押せば炊事・洗濯・掃除などの生活の雑事から解放される。そんな現代社会に暮らしつつ、18世紀や19世紀を振り返れば、そのありとあらゆる部分に信じ難い労力を要し、圧倒的な不便を想起させる。そんな労苦から現代人を解放してくれたのが、ニュートンやアリストテレスを祖とする歴代の勇者たちなのだ。彼らの飽くなき探求心と、尽きることない好奇心が、私たち人類に文明の利器をもたらし、生活を飛躍的に向上させたことは間違いない。

(以下、『物理学の野望』より引用)「記録に残っているかぎりでは、最初に万物の理論を作ろうとしたのはアリストテレスです。しかし、彼が生み出し、その後2000年間にわたって信じられてきた理論体系は、真の意味での万物の理論からは程遠いものでした。それから多くの天才的な頭脳が果敢にチャレンジしていきましたが、今でも人類が手にしているのは、この世界の一部分を説明できる理論のみです。(中略)

つまり、宇宙の始まりやブラックホールなどの極限状況を説明するためには、全てを内包する『万物の理論』が必要なのです。そういった、究極レベルの自然現象まで説明できて初めて、物理学は完成するのです。レベル99の勇者がどんなレベルの魔物でも倒せるように、『万物の理論』の守備範囲は自然界全体、つまり全ての自然現象になるはずです。仮に、自然現象を(良い意味での)『手ごわい強敵』、自然現象を説明できることを『敵を倒して支配下に置く』と表現するなら、『ブラックホール』や『宇宙の始まり』は究極の自然現象であり、ラスボスの魔王と言えるでしょう」

物理学者は「連続するダンジョンに立ち向かう勇者」


「ブラックホール」と「宇宙の始まり」を解明することこそが、物理学にとっての究極の目的であり、物理学者を勇者とするなら、この二つの謎こそがラスボスなのだ。考えてみれば、人類は紀元前の昔から、およそ2000余年の長きにわたって、このラスボスに向けてのレベル上げに切磋琢磨し続ける旅人であり、そんな旅人を助ける物理学者たちこそが、次から次へと現れる困難なダンジョンに果敢に立ち向かう勇者なのかもしれない。

『物理学の野望』(光文社新書)は、およそ一般人には関係ないと思っていた物理学が、いかに私たちの暮らしに深く根差しているかを知らしめ、そんな物理学者たちが、何を目指して日々奮闘しているかを教える素敵な一冊だった。

アカデミズムの最奥に位置するかに思えた物理学が、究極のRPGだったと知り、とても身近な興味深い存在になった。

文=森健次

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