ハレルは、イスラエル国防軍(IDF)のダイレクターを務める過程でサイバーセキュリティ部門と民間セクターの交流を実現し、第1回で取り上げたイスラエル屈指の諜報部隊「8200部隊(Unit 8200)」や、同「81部隊(Unit 81)」が世界的に知られるきっかけを作った。また、ネゲヴ砂漠の都市「Beersheba(ベエルシェバ)」に、同国政府と関連企業のサイバーセキュリティ・ハブを誕生させた“設計士”とも呼べる存在だ。今回のキーワードは、「Cyber Ecosystem(サイバー・エコシステム)」。サイバーセキュリティは遠からず、すべての業界のあらゆる企業のマネジメントや製品・サービスにとって不可欠なレイヤーになる。日本が、“サイバーセキュリティの生態系”を作るには、どういった思想やロードマップが必要なのか? ハレルの経歴と取り組みから、そのヒントの一端を読み取れるはずだ。
サイバー・エコシステム:政府機関、企業やNPO、アカデミアからなるデジタル空間上のエコシステム(生態系)。物理的な空間におけるエコシステムに似た形を取るが、物理的な制約を受けにくく、互恵的な「サイバー・コラボレーション」が成立しやすい反面、生態系全体が脅威にさらされるリスクもある。サイバー関連企業・研究機関が集積したハブを指す場合も。
井関 庸介(以下、井関):ヤニヴ・ハレルさん、「ACCESS ALL AREAS(アクセス・オール・エリアズ)」にようこそ。第1回は、サイバーセキュリティ起業家を輩出するイスラエル国防軍(IDF)の精鋭諜報部隊「8200部隊」についてだったのですが、私には常々、8200部隊や81部隊がおおやけにされ、起業家たちが堂々と出自を名乗っている事実のほうが驚きでした。いったい誰がこれを可能にしたのか?
その謎が解けたのは、2021年11月にテルアビブのベン・クリオン国際空港で買った『The Weapon Wizards – How Israel Became a High Tech Military Superpower』(未邦訳)を帰りのフライト内で読んだときです。なんと、“兵器の魔法使い”の一人として紹介されているハレルさんが、「8200部隊」の機密解禁を政府に促し、民間との交流を通じてサイバーセキュリティ業界の発展を加速させた、と。フラットな社会構造が特徴で、同調圧力に屈しない個人主義で知られるイスラエルにあっても、これは容易ではなかったはずです。どういった経緯で実現したのでしょうか。
ヤニヴ・ハレル(以下、ハレル):まず、イスラエルにおける兵役とIDFの構成について簡単におさらいしましょう。イスラエルでは、一部の宗教や宗派を除いて国民には男女等しく兵役義務があり、18歳になると軍隊に入ります。原則として男性は3年、女性は2年です(編集部註:現在は、男性は2.8年、女性は2.7年と、期間はほぼ同じ)。人によっては兵役期間後も軍に残り、特定の部隊で軍務を続けます。そして数ある部隊の中に、精鋭を集めたテクノロジー特化型の諜報部隊「8200」や「81」といったものがあるのです。