「選択と集中」は危険? 創造性を呼び覚ます「3つのB」とは

イラストレーション=リューク・ウォーラー


筆者も在米時に知人の紹介で原書を手にとったが、臨場感あふれる筆致に導かれて一気に読み通してしまい、思わず日本語への翻訳を手がけるに至った(『悪魔の細菌』中央公論新社刊)。

近年、日本では「選択と集中」という旗印の下、一部の研究のみに資金を集中させる切り捨て政策が進められているが、これは将来のイノベーションの可能性を殺す危険をはらんでいる(『「役に立たない」研究の未来』柏書房刊なども参照)。

米国ではすでに「有用な研究・研究者」を早期に絞り込む動きが過熱し、国内外から人材を引き抜くことで育成不足を補っている側面はあるが、それにも限界はある。先述のファージ療法の研究も長く切り捨ての対象とされていたため、米国内での治療実施には途轍もない労力が必要となった。

未知の感染症の流行や資源枯渇の危機が身近となったいま、将来のリスクに備えるためには、近視眼的な「選択と集中」に走るよりもむしろ視野を広げ、一見目立たない研究や異分野間のつながりにも光を当てていく必要がありそうだ。

変化と異質さを受け入れた先に


ジャズピアニストのヤロン・ヘルマンは、著書『創造力は眠っているだけだ』(プレジデント社刊)で「パターン認識」「パターン構築」「移し替え」「即興」の4段階からなる創造のメソッドを紹介している。筆者も翻訳チームの一員として日本語版製作に参加したが、過去や現状を見つめ、組み合わせの先に発見を生み出す姿勢は科学研究にも通じると感じた。

元研究者でもある小説家、円城塔の芥川賞受賞作『道化師の蝶』(講談社刊)には、胸ポケットに小さな捕虫網を忍ばせた実業家が登場する。常に移動を続けるその人物は、飛行機の機内で網を振り、宙に浮かぶ着想を捕まえているのだという。

「物事を支えているのはつまるところ着想で、事業というのは常に着想を注ぎ込まなければ維持のできない生き物でしてな」。そう語る実業家の台詞は、「事業」を「科学」や「文化」に置き換えても通じるだろう。移ろい多様化する世界において、私たちは小さな着想を見逃さずに育てていくことで新たな価値を創造できるのかもしれない。


坪子理美◎博士(理学)。翻訳の傍ら教育、生物学研究に携わる。訳書に『悪魔の細菌—超多剤耐性菌から夫を救った科学者の戦い』等。『創造力は眠っているだけだ』を林昌宏、ふるたみゆきと共訳。石井健一との共著に『遺伝子命名物語』。訳書『クジラの海をゆく探究者たち(仮)』が慶應義塾大学出版会より刊行予定。

文=坪子理美 イラストレーション=リューク・ウォーラー

この記事は 「Forbes JAPAN No.097 2022年9月号(2022/7/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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