科学の歴史に残る数々の着想や発見は、科学界のみならず、広く社会や人々の生き方にも影響を与えてきた。抗生物質は数々の細菌感染症から人命を救い、薬の研究から偶然に得られた合成色素はファッションや美術に新たな彩りをもたらした。人々をつなぐスマートフォンも、三角関数から天文学まで古今の知見の上に成り立っている。
では、そうした歴史的発見はいかにして生まれてきたのだろうか。科学者たちの事例から、人生や社会のなかで創造性を発揮するヒントを探ってみる。
英語には、着想に適した場所を指す「the three Bs(3つのB)」という表現がある。Bus(バス)、Bed(ベッド)、Bath(風呂)のことだ。移動中、休息中、リフレッシュ中の三要素は、中国・北宋の欧陽脩が文章を考える場として挙げた「三上」(馬上、枕上、厠上)とも共通する。難問に頭を悩ませた末、こうした場で解決の糸口を見つけた研究者の逸話は多い。
例えば、古代ギリシャの科学者アルキメデスは、地元シラクサの権力者から、純金製の冠に不純物が含まれているかどうかを判別するよう命じられた。薬品をかけたり、表面を削ったりして神聖な冠を傷つけることは許されない。
苦戦したアルキメデスだったが、ある日、公衆浴場での入浴中に「ヘウレーカ(わかった)!」の叫びを上げたという。
浴槽に体を沈めると、押しのけた水の体積に応じて体は上向きの力を受ける。解決策はこの浮力の法則(現在はアルキメデスの原理と呼ばれる)から浮かんだ。
冠と、同じ質量の純金の塊とを天秤棒の左右につるして水に沈め、両者に同じ浮力がはたらくかどうか確かめる。純金よりも冠が浮き上がったり沈んだりすれば、密度の違う不純物が混じっているということだ。果たして、水中で両者の釣り合いは崩れ、冠には混ぜ物が含まれていたことが明らかになった。