経済・社会

2022.07.09 20:00

中国に抵抗し続ける香港映画人たちが繰り広げる自由への闘い

稲垣 伸寿
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Chris McGrath/Getty Images

現在、世界的に大ヒットしている映画「トップガン マーヴェリック」には、政治的にも注目されたシーンがある。主演のトム・クルーズが愛用するレザージャケットの背中に描かれていた台湾国旗(晴天白日旗)と日章旗だ。

36年前の前作でも着ていたレザージャケットの背中には、2つの国旗が確かにあったはずなのだが、予告編ではデジタル処理され、変更されてしまっていたのだ。それは、当初中国市場を視野に入れていたハリウッドの「そろばん勘定」だったようなのだが、米中の緊張関係から中国での上映が不可能になったことを受け、2つの国旗は劇場公開では復活していた。

一方の中国では、昨年、歴代最高の興業収入を記録した戦争映画がある。朝鮮戦争(1950年〜53年)を描いた「長津湖」である。中国が人民義勇軍として参戦した朝鮮戦争の戦いを描いた3時間を越える超大作だ。

内容は、朝鮮戦争の流れを変えたと言われる、人民義勇軍が零下30度の極寒のなか装備に勝る優勢なアメリカ軍を撃退するというもので、中国では昨年の中国共産党結党100周年を祝う国慶節(10月1日)にあわせて公開された。人民解放軍の全面協力でつくられた「国策映画」でもあるが、中国全土で空前の大ヒットを記録、現在までに2000億円の興業収入を叩き出したと言われている。

中国に魂を売った映画人


この2つの映画には、どうしても政治的な思惑が見え隠れする。「トップガン マーヴェリック」では「米軍パイロットが台湾と日本の国旗を背負ってならず者国家と戦っている」し、「長津湖」では「人民義勇軍兵士は苦難の末に北朝鮮で米軍に勝利している」のだ。スクリーンのなかで、米中両軍の緊張はヒートアップする一方のようだ。

「トップガン マーヴェリック」は前述の通り、すでに中国大陸という巨大市場での公開をあきらめている。「長津湖」は、日本や米国での公開は現在のところ未定だが、韓国やマレーシアでは公開禁止となっているという。それぞれ大ヒット作品なのだが、そうした政治的背景から2つの映画が交わることはないように見える。

しかし、この2つの映画が劇場公開された、不思議な「中国」の地域がある。中国の特別行政区である香港だ。現地の日本人が語る。

「香港では『トップガン マーヴェリック』は普通に上映していますよ。トム・クルーズが着るレザージャケットの背中は話題になっていましたので、私も注意して見ていましたが、しっかりと青天白日旗と日章旗がありました。星条旗は常に映っているし、香港人は大喝采でした」

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「トップガン マーヴェリック」の初期ポスター。トム・クルーズが着用するレザージャケットの背中からは台湾国旗(晴天白日旗)と日章旗は消えていた

2019年の香港民主化デモでは、街頭で星条旗を振りかざし、米国に中国への制裁を訴えるデモ参加者も多かった。だが、その盛り上がりも、翌年の国家安全法によって、言論の自由は規制され、香港市民の民主化運動は沈黙を余儀なくさせられた。

民主化活動家たちは逮捕、投獄され、海外移住する香港人も増えている。先日の7月1日の返還25周年の式典には、北京から習近平も出席して、「香港の安定」という名のもとで「香港の中国化」がますます加速している。
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文=小川善照

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