経済・社会

2022.07.09 20:00

中国に抵抗し続ける香港映画人たちが繰り広げる自由への闘い


奇しくも、リム監督の指摘は「映画」を「経済」という言葉に置き換えるならば、そのまま香港経済の流れにも当てはまる。1997年の返還時、中国全体のGDPの18.4%を占めていた香港の経済規模は、2018年には2.7%にまで減少している。映画も経済も中国に呑み込まれてしまうとは、それは返還された香港の宿命なのだろうか。

「ツイ・ハークは、24時間映画のことを考えているような人で、超大作を監督できる機会を逃すはずはありません。なので中国に行った。個人的には中国に魂を売ったというのとは違うのではないかと思っていますが、香港の若い人たちからは憎悪の対象となっています。これは同じ道を辿ったジャッキー・チェンなどにも当てはまります」

香港映画がすでに凋落していた2014年、香港市民は自由を求め、立ち上がった。雨傘運動である。当時、香港にいたリム監督は、オキュパイ(抗議運動)の現場にも通った。そこで香港の映画人たちの姿を目の当たりにしたという。

「彼らは香港でカメラを回し続けたのです。雨傘運動は失敗に終わりましたが、その後、キウィ・チョウ(周冠威)監督らは香港の10年後のデストピアを描いたオムニバス作品『十年』(2015年)を完成させ、チャン・ジーウン(陳梓桓)監督は雨傘運動の現場に密着した『乱世備忘 僕らの雨傘運動』(2016年)を発表しました」

「十年」は、香港では単館上映からスタートして、その後、拡大上映され、同時期に公開された「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」(2015年)を興業収入で制した。「十年」の製作費はわずか50万香港ドル(約860万円)だった。また「乱世備忘 僕らの雨傘運動」もチャン監督の長編初監督作品ながら、世界のドキュメンタリー映画祭などで高い評価を得た。ともに日本でも公開されている。

「現在の香港映画の最大の問題は、2019年の香港民主化デモを経て、国家安全法が施行されてしまい、香港では上映できない映画が出てきたことです。それは、「十年」や「乱世備忘 僕らの雨傘運動」のような社会運動を描いた作品です」

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香港の映画界に精通するリム・カーワイ監督

香港では、国家安全法に基づき、昨年8月に可決された映画検閲条例の強化によって、最悪の状況となっている。以前ならば映画館で上映不可でも、自主上映などは可能だったのだが、そうした不許可の作品を上映しただけで禁固3年か罰金100万香港ドル(約1720万円)となる罰則がついたのだ。かつての自由な映画界の雰囲気を知る香港人にとっては、絶望的な状況だ。

「法律がどうあれ、クリエイターとしては香港の2019年のデモは絶対に忘れられない経験です。それを自分の作品に反映させない映画人はいないと思います。だから、今後も香港の映画人たちは2019年の出来事を描き続けていくでしょう」

「十年」のキウィ・チョウ監督は、昨年、2019年デモのドキュメンタリー映画「時代革命 REVOLUTION OF OUR TIMES」(以下「時代革命」)を完成させた。香港では上映できない同作は、昨年の7月にはカンヌ国際映画祭で、11月には東京フィルメックスでシークレット上映された。両映画祭の最終日、直前までタイトルが伏せられていた同作は、それでも満員の観客を動員し、上映後は拍手が鳴りやまなかった。
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文=小川善照

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