経済・社会

2022.07.09 20:00

中国に抵抗し続ける香港映画人たちが繰り広げる自由への闘い


そんな状況でも、「トップガン マーヴェリック」が、北京政府が認めない台湾の晴天白日旗の修正もなしに、香港の映画館で上映されるのは、この地域がまだ中国とは異なる独自の映画の審査基準をとっているからに他ならない。それは「一国二制度」がまだ形だけでも残っているからなのだろうか。

では、「長津湖」のほうは、香港ではどうなのだろうか。再び前出の現地の日本人の話。

「私は最初から興味がないので、『長津湖』のことは知りませんでしたが、どうやら上映されていたようですね。観たという話は香港人の友人たちの間でも聞きません。ほとんど話題にもなっていませんでした」

日本人としては興味がないのは当たり前だが、現地の民主派支持の若者たちにとっては、「長津湖」は絶対にボイコットしなければいけない作品なのだという。「『長津湖』は、香港を裏切って中国の狗になった監督の映画」とされているからだ。

超大作である「長津湖」では、3人の監督が共同でメガホンをとっている。中国映画界の巨匠であるチェン・カイコー(陳凱歌)と、香港出身のツイ・ハーク(徐克)とダンテ・ラム(林超賢)である。なんと3人のうち2人が香港出身の監督なのだ。

ツイ・ハークは香港映画のファンでなくとも、その名は聞いたことがあるのではないだろうか。かつて彼は「香港のスピルバーグ」とも呼ばれ、1980年代から90年代の香港映画の隆盛を支えていた監督、プロデューサー、俳優であった。彼の名を一躍有名にした「悪漢探偵」や「男たちの挽歌」シリーズなどをご記憶の人も多いかと思う。しかし、現在、彼は地元香港の若者からは「中国に魂を売った映画人」として忌み嫌われている。

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昨年、中国で歴代最高の興業収入を記録した「長津湖」

映画も経済も中国に呑み込まれる


かつてはアジアにおける映画の都だった香港だが、現在、製作本数も激減しており、日本でも商業的に成功するような話題作とは無縁だ。そんな香港映画界の凋落はどうして起ったのか。マレーシアの華僑にルーツを持ち、日本留学後に中国で映画を学び、香港映画界にも深い人脈を持つリム・カーワイ(林家威)監督に話を聞いた。以下、彼の話を続ける。

「かつてブルース・リー、ジャッキー・チェン、チョウ・ユンファなどが活躍し、日本でもなじみの深い作品を送り出していた香港映画界は、返還前の1990年代から中国市場へと接近していきました。そして、中国の映画界をエンタテインメントに長けた香港の映画人が牽引していったのです。

ツイ・ハーク監督など中国に進出していった香港の映画人たちは、中国の映画界でも大成功を収めました。監督料、出演料なども香港の10倍だったとも言われています。その後、2008年の北京オリンピック以降は、彼らはほとんど中国に融け込んでいってしまい、同時に中国の政治に対してものを言えなくなってしまった。結果として香港映画界は縮小してしまうことになったのです」
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文=小川善照

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