さらに河瀨監督は、「そうして自分たちの国がどこかの国を侵攻する可能性があるということを自覚しておく必要があるのです」とも言っている。これは戦前の日本が言論統制を敷いて、軍国主義に走ったことへの反省のようにも聞こえる。
しかし、現在の世界で言論統制を行い、他国を侵略しようとしているのは、日本ではない。戦前の日本のような言論統制、他国侵略を、現在している、またする可能性が高い国を「悪者」と呼ぶことに、躊躇はいらないはずだ。河瀨監督には、ぜひ、カメラを持ってウクライナに行っていただき、何か起きているのかをしっかり記録していただきたい。
ウクライナで起きていることを、アジアに置き換えて考えることも重要だ。1956年の日ソ共同宣言に基づいた北方領土の返還交渉に次第に否定的になってきたロシア、核兵器を開発したうえでミサイルを大型化して発射実験を繰り返す北朝鮮、台湾の武力統一の可能性を否定しない中国、尖閣諸島周辺の領海侵入を繰り返す中国、南シナ海の一方的支配を進める中国。将来、ウクライナのようなことがアジアで起きたとき、欧州の人たちから「正義と正義のぶつかり合いで一方を悪者とは決めつけられない」という発言が出たら、そのときの日本人がどのように感じるか、考えてみたほうがいい。
いま、国際法違反をしているロシアに対してきっちりと経済制裁を加えて、ロシアに自らの国連憲章違反の軍事行動を後悔させることが、将来の東アジアにおける、現状変更を目指す軍事行動の抑止につながることを、しっかりと認識する必要がある。(5月8日記)
伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学客員教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)。1991年一橋大学教授、2002~14年東京大学教授。近著 に『Managing Currency Risk』(共著、2019年度・第62回日経・経済図書文化賞受賞)、『The Japanese Economy』(2nd Edition、共著)。