ビジネス

2022.05.31 08:00

豆腐屋さんで見たトヨタ社長の「からくり整理術」


TPSがトヨタの技であれば、技をつくり上げた思想があり、技を標準化して流れを作る「所作」があるのではないか、という仮説だ。

阿部はそれを次のように語っている。

「思想を体現化するために、技があり、その基礎と修練に所作がある。「道」と名がつく芸事や武術は「思想、技、所作」が一体化して流派を成している。トヨタの強みとは「思想、技、所作」であり、章男が自ら現場においてトヨタの強さの原点である「思想、技、所作」を体現する非凡な名人、つまり「家元」であるということだ」

何がきっかけで、どのように、彼はこのリーダーシップスタイルを確立させることになったのか。その原点は何なのか──。本書『トヨタ「家元組織」革命』の中で、阿部はその秘密を解き明かしていく。

冒頭の豆腐屋の話は、同書で紹介されている豊田にまつわる体験談の一部に過ぎない。阿部とスパークスのアナリスト集団は、豊田をはじめ取締役から技術者にいたるまで2年をかけて密着取材をし、リーマンショック後にトヨタの屋台骨を揺るがしかねない危機の連鎖から、トヨタが復活して「家元組織」になっていく過程を追っている。

組織の中の一人一人が成長していくには?


トヨタの強みとは「思想、技、所作」があることではないだろうか──。そんなきっかけから始まった豊田章男研究だったが、ひとつ疑問に思うこともあった。それは、トヨタは「思想、技、所作」をどのように現場で広めることができたのかということだ。

なぜなら、工場の一人一人はそれぞれ自分が担当の「部品」をつくっているという意識でものづくりをしている。部品のことは考えているが、「いいクルマ」(豊田が社長就任時に数字目標を全面に出す戦略を改めて設けた目標)と言われてもピンとこない。従業員に「いいクルマ」をつくるための「思想、技、所作」をどのように伝えることができるのか。これには現場も当初戸惑いがあったようだ。トヨタ社歴58年で工場の頂点に立つ技監(のちに専務に就任)で、もっとも工場のことを知る、「おやじ」という肩書を持つ河合満も頭を抱えてしまった。

これに対して豊田は、TPSに象徴されるトヨタの「思想、技、所作」をたった一言「Youの視点」という言葉で説明した。Youには顧客も職場のチームもすべての人が含まれる。つまり、自分の担当業務だけを考えるのではなく、同僚たちをいかに楽にさせるかを考えて、「相手の視点」に立って仕事をする。その仕事も同僚を楽にさせて仕事の流れを生み出すだけでなく、顧客が喜ぶことを考えてモノをつくる。これらはすべて「Youの視点」がないとできない。

「もっといいクルマ」とは、他人の視点をもつことでできるという意味なのだ。そのことに気がついた河合おやじは、「例えば、2000個の部品の不良品率を下げると考えるのではなく、2000個の部品をつくれば2000人のお客さんがそこにいるんだと考える。それがもっといいクルマづくりにつながるし、一人ひとりがやることはたくさんある」と思ったという。

他人を楽にさせることが自らの技の習得になり、組織の一人一人の成長になる。個人の成長が組織の成長にもつながる。「Youの視点」をもつことが他人の「幸せ」につながっていく。それを豊田は「幸せの量産」と呼び、企業のミッションとして打ち出した。豆腐屋で「からくり」を使って高齢の従業員の重労働を楽にすることができたのも、実はリーダーに染み付いた「Youの視点」だったのだ。

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文=中田浩子 編集=松浦朋希

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