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ゼロイチの創り方を考える

Mpraeso合同会社CEOの田口 愛

「あきらめたらそこで試合終了ですよ」──これは「スラムダンク」に登場するあまりにも有名なセリフで、読むだけでシーンが思い浮かぶ人も多いはずだ。裏を返せば、諦めない限り勝負の行方はわからないということだが、これは事業開発にも当てはまる。

今回話を聞いたのは、Mpraeso合同会社CEOの田口 愛。田口は、19歳のときに単身ガーナに渡り、その後4年がかりで高品質のカカオを日本に輸出するビジネスを開始した。ガーナのカカオ産業を変えるため、カカオ農家だけでなく政府にも働きかけ、大手商社が長年成し遂げられなかった改革を起こそうとしている人物だ。

心の支え、チョコレート


幼い頃から、田口にとってチョコレートは特別な存在だった。3、4歳のころ、家に遊びに行く度に曽祖父が「よく来たね」と言ってチョコレートをくれた。それは金の紙に包まれ、まるで宝石のようだった。田口はそれを何カ月も大切にとっておき、発表会の前など、ここぞというときに食べて元気をもらっていた。

小学校高学年になり、チョコレートへの想いはさらに強くなった。テストや中学受験など、多くの挑戦に立ち向かうとき、いつもその存在に支えられ、自分の人生の重要な瞬間はチョコレートなしには頑張れなかったと感じることが増えてきたという。

そのうち、「自分が食べているチョコレートの先にはどんな人がいるんだろう」という疑問が生まれ、図書室で調べ始めた。

すると日本に輸入されているカカオの8割がガーナ産だということがわかり、同時に、自分と同じくらいの年齢の子どもが農場で重労働を強いられていることを知った。それ以来、チョコレートを食べる度に「自分しか幸せになってないのでは」と複雑な気持ちを抱くようにもなり、いつかガーナに行って現実を見たいと考えるようになった。



いざ、ガーナへ


大学進学と同時にアルバイトを始め、資金が貯まった1年生の夏休み、学校が終わったその日にガーナに向かった。

ガーナはイギリスの植民地だったため、都市では英語が通じる。カカオが栽培されているジャングルは言語が異なるため、英語がギリギリ通じる都市とジャングルの中間にあるアマンフロム村を目的地に決めた。始業式の前日に帰国するまで、初めてのガーナは2カ月程の滞在だった。

文・写真=入澤諒

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