「ベンフィディック」の名は、鹿山氏の苗字から。ゲール語で「鹿の谷」という意味のウィスキー「グレンフィディック」から着想を得て、ゲール語で「鹿の山」とつけた。ウィスキー好きは思わずニヤリとしてしまう名前かもしれない。
その店内は、バカラのアンティークのグラスに、シャルトリューズのオールドボトルなどが並ぶオーセンティックバーの雰囲気だが、出てくるカクテルは一味違う。自分で育てたニガヨモギを漬け込むなどして作ったオリジナルのアブサンが使われたり、畑から摘んできたフレッシュなジュニパーの葉がカクテルに添えられるなど、様々な植物のアロマと味わいを自在に取り込んだカクテルが登場する。
木から酒はつくれるのか?
実は鹿山氏は埼玉県ときがわ町の実家が農家で、ファームトゥーテーブルならぬ、ファームトゥーグラスを提唱する「農家バーテンダー」。コロナ期間中はスタッフ総出で農作業をし、カクテルに使うハーブを育てたりもしてきた。
そんなスタイルが注目を集め、先日はなんとアフリカ・ナイロビにゲストバーテンダーとして招聘されるなど、その活躍は世界規模だ。
そんな鹿山氏が2020年から取り組んでいるのが、なんと「木から作る酒」だ。その研究自体は、すでに茨城県つくば市にある、国立森林総合研究所が進めており、その試作品が完成していたことから、そのノウハウを生かしてオリジナルの木の酒が作れないか、と考えている。
そう思い至った理由は、故郷ときがわ町の7割が森林に覆われ、木材の産出で有名だから。高校の後輩で製材所を営む山口直氏によれば、製材する過程で出る木屑や端材は、産業廃棄物として処分しなくてはならないのだという。
「ハーブだけではなく、木材の香りを抽出したアルコールができれば、端材も無駄にせず、多種多様な木を使うことで、様々な天然のアロマを溶け込ませたオリジナリティあふれるカクテルができるのではないか」、と鹿山氏は考えた。
根本に立ち返って、日本酒は米から、ワインはぶどうからできるが、なぜ木の酒がないのか。
木材そのものにも、アルコール発酵の元となる糖分がある。その中でも、セルロースが多く含まれているが、リグニンという成分に覆われているため、発酵しない。しかし、セメントを作る際などに使う「ビーズミル」を使うことで、0.001ミリ以下に粉砕すると、醸造することができるようになるという。
香りを抽出するだけなら、既存のアルコール飲料に木片を漬けるだけでできる。でも、この木の酒が全く新しいのは、アルコールそのものが木から作られているという点にある。現在、人間が飲用しても問題ないかなどの試験を行なっている段階だ。
その背景にある森林の問題は、どのようになっているのか。実際に、鹿山氏と共に、山口氏の製材所を訪れた。