牧:10年前と違い、日本の大企業がイノベーションに前向きになるになった転換点は何だったのでしょうか。
ウィックハム:イノベーションについて語ると、この点はよく議論になりますね。市場が生まれる「タイミング」というのがあるのか、それとも、フェイスブック共同創業者のマーク・ザッカーバーグや、ズームの創業者エリック・ヤンのような「起業家」が市場を創るのか。
ところが現実は、その“中間”といったところなのです。潜在的な市場はあるのですが、ザッカーバーグやヤンのような起業家が然るべきタイミングで入ってくることで、初めて爆発的に成長します。誰かがその領域に全神経を注ぎ込むことで市場が拡大し始め、周りの起業家や大企業が期待や、取り残されることへの不安から一気に参入するようになるのです。
日本における「Twitter(ツイッター)」の急成長などがまさによい例です。進出時はほとんど知られていなかったのが、大企業があっという間に広報活動で利用するようになりました。1995~2001年のJAFCO(ジャフコ)在籍時代、日本企業にイノベーションの重要性を説いても無反応で途方に暮れていた頃を知る私にとっても衝撃的な変化でした。
牧:ツイッターの日本進出では、中村さんが大きな役割を果たしていますね。
中村幸一郎(以下、中村):私がIT業界で働き始めた1994~95年頃は、市場の大きな割合が一部の大企業に占有されており、そうした大企業は業界に対してはもちろん、規制当局に対しても一定の影響力をもっていました。しかし、1990年代末~2000年代前半にかけて変化が見られるようになりました。
当時、銀行や保険、小売りといった産業が再編され、国内にもはや市場が残っていないことを見て、各企業がグローバル化を視野に入れるようになったのです。そして、経営陣も海外とのM&A(合併・吸収)や、グローバル戦略と国際的なマネジメント・スキルに精通した人材を海外企業からも採用するようになります。このように、企業文化が変わっていくのを目の当たりにしたのです。
それまではこうした大企業も国内ではリーダーでしたが、世界から見れば違います。銀行なら、米シティバンクや米モルガン・スタンレー、英バークレイズといった会社、保険であれば、仏アクサや英プルデンシャルといった大手との競合を余儀なくされます。グローバリゼーションに伴って生まれた競争を経験した経営者や、その指揮下で実際にM&Aを担当した実務責任者たちがイノベーションの重要性を理解し始めたのです。
そして2000年以降、世界的にスタートアップの事業規模が大きくなり、ビジネスとしても成熟するようになりました。ツイッターやスクエア(現ブロック)など、グローバル規模のスタートアップを見て日本の大企業も安心して協業できると考えるようになったのです。
同時に、海外のスタートアップもそうした一部の日本企業の変化に気づきます。経済規模こそ米国の半分であっても、日本の市場は大手企業が多くを占有しており、もし協業できれば、市場シェアの多くを取れることにも気づいたのです。日本の市場は少数の大企業による準独占状態でしたが、その大企業がグローバル企業として洗練されたビジネスをするようになったのです。