企業には世の中を変えていく使命がある スタバCEOハワード・シュルツの経営哲学 

ハワード・シュルツ氏( Stephen Brashear / Getty Images)


背景には、シュルツさん本人の個人的感情もありました。

「私はニューヨーク市のブルックリンの貧しい団地で育ちました。父親はブルーカラーのきつい仕事を転々としていました」

7歳のある日、父親は仕事で大ケガをし、その日に解雇されました。労災保険も健康保険も解雇手当もありませんでした。父親は達成感を抱くことも、仕事に意義を見出すこともできませんでした。

「働く人が決してそんなことにならない企業を作りたかった、父親のような目に遭う人をなくしたかった」

実際、シュルツさんは企業としてのポリシーを徹底しました。人を大切にするだけではありません。利益の名のもとに倫理観や誠実さを失わないという姿勢もそうでした。だからこそ優秀な人材が集まり、顧客はそれを支持したのです。

ブランドは愛されなければいけない


スターバックス
Stephen Chernin / Getty Images

スターバックスは順調に成長して株式を公開。シュルツさんが一度2000年にCEOを退任し、後任に委ねた後も、会社は順調に成長を続けたかに見えました。しかし、そうではありませんでした。

「会社は間違いを犯しました。コントロールできない成長をしてしまったのです。しかし成長している時には、間違いは見えないものなのです」

後任の経営陣は成長という「麻薬」に取り憑かれてしまったのです。無理な出店計画はさまざまな歪みを生みました。人材不足、クオリティの低下、企業ポリシーを曲げての商品開発。コーヒーの香りを台無しにするスナック類の販売でチーズの焼け焦げた匂いが店内に広がりました。

ブランドは毀損され、創業以来、初めて売上高が前年を割ります。株価は一時、最盛期から81%も下落しました。2008年、シュルツさんはCEOに復帰。誰もがブランドの復活は不可能だと考えていました。しかし、打ち出した変革に、全米が驚愕します。

全米7100の全店舗が一時的に一斉に閉鎖されたのです。目的は、コーヒーを淹れる全バリスタの再教育。これでは、低迷する売り上げがさらに減ります。数百万ドルの損失が出ました。それでも、シュルツさんは断行しました。

「社内でもクレイジーだという声がありました。しかし、損失を出してでも、自分たちの存在意義を守らねばならなかった。危機の時こそ、本当に何が大切で、何が必要なのかをリーダーは見極めなければならない」

矢継ぎ早の改革は、続きました、コーヒーの香りを妨げる商品は廃止。コーヒーマシン改良のための企業買収。新たな行動指針……。最後は約600の店舗閉鎖と約1800人の解雇。人を何よりも大事にした会社が、苦渋の決断をしたのです。
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文=上阪 徹

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