しかし、実は、この「複雑系」というものの本質を説明するのに、そうした難しい言葉は必要ない。
その本質は、かつて、文化人類学者のグレゴリー・ベイトソンが遺した、次の言葉に象徴されている。
「複雑なものには、生命が宿る」
たしかに、その通り。それが、物理や化学のシステムであっても、企業や市場や社会などのシステムであっても、そのシステムが複雑になり、内部での「相互連関性」が高まっていくと、そのシステムは、自己組織化、創発、生態系形成、進化など「生命的システム」に特徴的な性質を示すようになる。
特に、それが企業や市場や社会などの場合には、企業文化や株式市場、社会的ブームなどに象徴されるように、それらのシステムが、あたかも自らの「意志」を持った「生き物」のように振舞うため、しばしば、人為的なコントロールが出来なくなる。
そして、これから、企業や市場、社会や国家は「複雑系」としての性質を一層強めていくため、我々は、制御や管理が困難な「生命的システム」に処する叡智を、深く学んでいかなければならない。
実は、この問題を論じ、生命的システムとしての企業や市場、社会や国家に処する叡智について語ったのが、1997年に上梓した拙著『複雑系の経営』や『複雑系の知』であるが、現在の世界情勢の混沌を見ていると、四半世紀前に書いたこれらの著書のメッセージが、深刻な響きを持って蘇ってくる。
なぜなら、企業や市場、社会や国家が「複雑系」としての性質を強めていくと、上記の性質に加え、最も制御困難な性質を示し始めるからである。
それは「バタフライ効果」と呼ばれるもの。
これは「北京で蝶々が羽ばたくと、ニューヨークでハリケーンが起こる」という比喩から名付けられた性質であるが、専門用語で言えば、「システムの片隅の小さなゆらぎが、システム全体に巨大な変動をもたらす」という「摂動敏感性」のことである。
この生命的システムの持つ自己組織化や進化、摂動敏感性を科学の世界で深く研究したのは、1977年にノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンであるが、彼は、化学的システムが混沌(カオス)を経て進化するとき、小さなゆらぎが、その進化の結果を決定的に変えてしまうプロセスを、「散逸構造理論」という斬新な理論によって説明した。