そして、このプリゴジンの理論に触発された未来学者、アルビン・トフラーは、1993年の著書『戦争と平和』の中で、次のように述べている。
「些細な原因が、巨大な結果を引き起こすこともあるのだ。遠い国で起きた些細な戦争が、予測しがたい出来事に何度もぶつかっていくうちに、雪だるま式に大きくなり、しまいには大戦争に発展することだって考えられるのである。世界システムは『プリゴジン的性格』を帯びつつある」
このトフラーの予言から30年の歳月を経て、いま、我々は、ロシアのウクライナ侵攻という現実を目撃している。そして、この東欧の片隅での戦闘が第三次世界大戦を引き起こしかねない、深刻な状況を目の当たりにしている。ロシアの文豪、レフ・トルストイではなく、アメリカの未来学者、アルビン・トフラーの著書『戦争と平和』が、恐ろしいほどに、人類の未来を予見していたのである。
では、我々は、この「プリゴジン的状況」に、どう処すれば良いのか。そのことを考えるとき、プリゴジンが「散逸構造理論」で述べた、詩的とも言える一節が、深い意味を持って心に蘇ってくる。
「平衡状態では、システムの分子は隣の分子しか見ていないが、非平衡状態を経て進化に向かうとき、分子はシステムのすべての分子を見ている。そして、そのとき、混沌から新たな秩序が生まれてくる」
この「分子」を「人間」と読み替えるならば、この言葉は、いま、我々に大切なことを教えている。
いま、ウクライナで何が起こっているかを、目を逸らさず見つめること。そこで見たこと、感じたことを、思いを込め、多くの人々に伝えていくこと。
なぜなら、暴力と恐怖によって人々を支配しようとする独裁者が最も恐れるのは、自国民を始め、世界中の人々に真実が知れ渡ることだからである。
かつて強大を誇ったソ連が脆くも崩壊したのは、「グラスノスチ」(情報公開)によってであった。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Agenda Council元メンバー。全国7300名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は『運気を磨く』『直観を磨く』『知性を磨く』など90冊余。