3月3日、パリ市長のアンヌ・イダルゴは、キエフシティバレエ団をパリのシャトレ劇場に迎えることをツイートした。チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を上演するためすでに来仏していたバレエ団が、滞在の延長を望んだことを受け、それに応えたかたちだ。
「彼らが望む限り、彼らの『レジデンス』としてシャトレ劇場で受け入れる」とパリ市初の女性市長は発表している。さっそく劇場のサイトをチェックしてみたら、急遽開催が決まったらしい3月8日の支援公演はすでに完売だった。
3月6日には、パリの中心地でレストランを2軒経営するアメリカ人の友人が(このコラムでも紹介した「La Bourse et La Vie」のオーナーシェフ)、「ウクライナの料理人を求む」とインスタグラムのストーリーに求人案内を出した。
「ウクライナの伝統料理をつくることのできる、プロの料理人としての経験があることを条件に、フランスに入国したばかりか、もしくは、これから到着予定の人が望ましい」とも書かれていた。
すでにウクライナからの避難民は7000人がフランスに到着し、今週以降も5万から10万人が入国するとフランス政府は見通しを立てて、受け入れ態勢を至急整える構えだという。
迷わず「キエフ風チキン」を選ぶ
見当違いなアクションかもなぁ……、そう思いながらもウクライナ料理の店に出かけることにした。
この連載では、これまでパリのおいしいビストロを紹介してきたが、コロナ禍で外食もままならなくなり、しばらく中断していた。ようやく経済活動に光明が見えてきたなかで、今度のロシアによるウクライナ侵攻が起こった。連載の趣旨とは異なるが、戸惑いを交えながら、私の食に纏わる活動として、今回はお伝えしたい。
さっそく「ウクライナ料理」で検索をかけてみたら、よく足を運ぶビストロ「Willette」の隣にある「Kalinka」という店が最初に出てきた。
とはいえ、グーグルマップでは「ロシア料理」とジャンル分けされている。「そうだよなぁ……」とやるせなさを覚えた。ウクライナのことは、恥ずかしながら何も知らない。最近、報道などで地図はやたら目にするので、その位置だけは把握していた。ともかく、まずウクライナの人が働いているであろう店で、ごはんを食べようと思った。
パリの9区にある店に出かけてみると、正午を回り、街路に面したテラス席には陽が当たっていた。この道は、車の往来がとても少ない。というのも、1ブロック隣で数年前にガス爆発が起こり、いまだ工事中でずっと通行止めになっているためで、そこから続く道にもほとんど車が入ってこないのだ。
春の気配はそこかしこにあれど、気温は10度。どうしようかと迷い、店内に足を入れると、客は1組でひっそりとしていた。少し寒かったけれど、外のほうがランチタイムの賑わいが楽しそうだ。結局、テラスに座ることにした。
「Kalinka」
「寒かったら、暖房つけますよ」サービスを担当しているらしい男性が、親切に応じてくれた。座ってみると、思いのほか暖かかった。ショートコートを脱いでも、マフラーをしていれば寒さは感じられない。
さっそくメニューに目を走らせた。どこにも「ウクライナ料理」、あるいは「ロシア料理」とも書かれていない。けれど、前菜のいちばん上に記されているのは「salade Pouchkine」(Pouchkine=プーシキンは19世紀のロシアの詩人)で、続く項目には「blinis」(ロシアやウクライナで食されるパンケーキおよびクレープ)、スープにはボルシチがあるし、メインには餃子が、ウクライナ風とロシア風合わせて11種類もあって、それらのラインナップを見れば、この店がウクライナおよびロシア料理の店であることは一目瞭然だった。