パリで味わうウクライナ料理。「キエフ風チキン」を食べて思ったこと

チーズとバターとハーブを詰めたチキンロール「キエフ風チキン」


「あぁ、これは子供の時にお弁当に入っていたら嬉しかったよねぇ」。似たようなものがお弁当に入っていた記憶はないが、そう思った。

鶏は胸肉で、衣も軽く、食べやすかった。下に敷かれたジャガイモのピュレも、バターが程よいゆえに重たさは感じず、これまた塩気もほどほどで、「これを食べたらきっとお腹いっぱいになってしまう」という危機感を覚えないピュレだったものだから、勢いよく食べつくしてしまった。

それで一気に満腹になった。デザートは食べられそうになかったけれど、でも、試してみたい。もしかしたらこれは持ち帰ることができるかもしれないと思った1つを、聞いてみることにした。「ケシの実のロールケーキはテイクアウトできますか?」と聞くと、「できる」という。

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ケシの実のロールケーキ

ロールケーキを用意してもらう間に、会計を済ませようと店内のカウンターに行った。最初からサービスをしてくれていた男性がそこにいた。私の姿を認めると「美味しかったですか?」と聞いてきた。

「はい。とても。近いうちにまた食べに来たいです。あのキエフ風のチキンは、ウクライナでよく食べられるお料理なのですか?」と逆に尋ねると、「そうです、クラシックな料理ですよ」と男性が答える。

そんなやり取りをしてから、人懐っこい雰囲気のその男性に、「ウクライナのご出身ですか?」と聞いてみると、「いや、僕は、ウズベキスタン」と答えが返ってきた。急いで頭の中に地図を広げた。カザフスタン、ウズベキスタン、アフガニスタン……、〇〇スタンとつく国は中央アジアだよな、ウクライナと結構離れているよなと思った。

カウンターから厨房に目を移すと、料理をつくる女性の姿があった。厨房に顔を向けながら、ウズベキスタン出身の男性に「彼女は?」と聞くと、「彼女は、ウクライナの出身です」と答えた。

その会話が聞こえたのか、女性が控えめに振り向いたので、軽く会釈をし「とてもおいしかったです」と伝えると、彼女は少し笑顔になった。

そして「何語で話しているのですか?」とさらに男性に尋ねた。「ウクライナ語も少しはわかるのだけれど、普段はロシア語ですね」という彼の答えを聞いて、ほんの一瞬戸惑った。でも彼らにとっては日常のことであり、私がここで戸惑うのは余計なお世話もいいところなのかもしれない。

用意のできたロールケーキを受け取り、店を出た。厨房には、それほど大きくはない、柄のついた鍋が出番を待つようにいくつも並んでいた。彼女のつくる料理は、最後のひと口を終えるまで、一度も塩気が出しゃばらないまたすぐにでも食べたいと思う味付けだった。

帰り道、心持ちが少しこわばっていることを自覚しながら、思いめぐらせた。ウクライナからの避難者をフランス政府が受け入れ、到着した人たちが望んだ場合には、同郷人の店で職を得られたらいいなと思う。

私にできるのは、食べて伝えること、「おいしい」をシェアすることなのだ。

だから、またすぐにウクライナ料理の店に食事に行こう。自分の暮らしのなかで最も近くにあるウクライナに関わる場所で食事をしよう。彼らや彼女たちの心のざわつきがほんの一瞬でも和らぐ、いくばくかのきっかけになることを切に願いながら。

今回の訪問で食べることはできなかったが、あの優しい料理をつくる彼女の餃子はきっと美味しいにちがいない。

連載:新・パリのビストロ手帖
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文・写真=川村明子

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