とても気になるものがメニューの真ん中にあった。「Rösti(ロスティ)」、ジャガイモのガレットだ。この料理は、「パリ料理」を謳うカンティーヌ(定食屋)である「Gramme」で知った。Grammeのシェフは、ポーランド人(父)とベトナム人(母)が両親のフランス人で、ポーランド料理のRöstiがメニューに仲間入りしていた。なので、私はポーランド料理としてロスティを食べていた。
ウクライナとポーランドは隣接している。ウクライナとポーランドで、ジャガイモの切り方は同じなのだろうかと興味を引かれながら、少しホッとした。祖国から一時的に離れることを余儀なくされても、隣国で祖国に通ずる味を食べられるとしたら、その束の間だけでも救われるかもしれないと。
それでも今回は、メニューを一瞥した瞬間に、迷うことなく「これにしよう」と決めたひと皿を取ることにした。それは「キエフ風チキン」。「チーズとバターとハーブを詰めたチキンロール、ジャガイモのピュレを添えて」と説明がある。
私の知るキエフ風チキンは衣をつけて揚げてあった。東京は銀座のレストラン「マルディ・グラ」で食べたものだ。この店でも揚げてあるのだろうかと思いながら、それは聞かずに注文した。前菜にはウクライナの伝統料理であるボルシチを頼んだ。
サービスの男性は、東ヨーロッパというよりは、トルコから中央アジア寄りの出身のような風貌に思えた。彼が男性3人組のテーブルに料理を運び、店内に戻りかけたところで呼び止めて、「いま運んだあの料理は何ですか?」と聞くと、「あれは、ミートボールですよ」と教えてくれた。
メニューに「ロシア皇帝アレクサンドル1世の好物で、シェフのおすすめ」と書かれていた料理だ。鶏と牛肉に、フレッシュなディルとパセリを混ぜ合わせてつくるらしい。大きな塊がドンと皿の中央に盛られているのが、遠目にもわかった。
料理をつくるウクライナ出身の女性
実は、他にも食べたいものがいくつもあった。ビーフ・ストロガノフに、ロールキャベツ。くだんのロスティ。そしてウクライナの餃子「ヴァレーニキ」にロシアの餃子「ペリメニ」。メイン料理としてはもちろん、ウクライナではデザートに食されるというチェリー入りの餃子にも興味が湧いた。
そんなことを思っていると、ボルシチが運ばれてきた。スープの表面全体から止まる気配のない勢いで湯気が立っている。冷めないうちにとひと口。さっぱりしていた。私の知る、ロシア料理店のボルシチは、もっと牛肉の脂のコクが目立つもので、かつトマトの味も強い。
湯気が立つ熱々のボルシチ
でも、この店のボルシチは、脂身のない牛肉の破片が少し入ってはいるものの、牛の脂独特の臭いはせず、そして、トマトも入っていなかった。生クリームをひと匙ぶん添えるのもアリかもと思うくらいにさらっとしたビーツとキャベツとセロリのスープ。塩気もほどほどのいい塩梅で、湯気の収まらぬうちにスープを食べ終えると、喉の乾きも癒されていた。
入れ替わるように、キエフ風チキンが登場した。やはり、揚げてある! 切り口から、蕩けたチーズとバターが見てとれた。細かい揚げ衣は、いかにもサクッと音を立てそうな、濃いめのきつね色だ。
チーズとバターが固まらないうちにとナイフを当てたら、途端にバターがジャガイモのピュレの上に流れ出した。できる限りこぼさないように注意を払いつつ、ナイフの先で溢れ出たバターを鶏肉に纏わせ、頬張った。