「丸さんのゼミ説明会に行くと、聞いたことがない話をしていたんです。当時、ベンチャー界隈では、AIやフィンテック、エドテックといった話題がよく聞かれていました。
しかし丸さんは、台風で風力発電をする、人の便を採取して人を健康にする、俺はこういうベンチャーを支援しているんだと言っていて。せっかくなら面白い人のもとに付こうと思って、丸さんのゼミに入りました」
「お前はアクアリウムの何を知っているんだ」
ゼミに入って最初に行ったのは、事業構想についてのプレゼンだ。アップルや当時急成長していたバルミューダに憧れた高倉は、何をつくりたいのかは具体化できないまま「家電メーカーをつくりたい」と話した。
丸氏はすかさず「本当にくだらない事業案だ」と一蹴。心が折れてしまうゼミ生もいたが、高倉は反対に燃え上がった。
丸氏と話す中で好きなものは何かと問われ、「アクアリウムが好きです」と答えたことが、のちにイノカ創業の種となる。
過去にも、アクアリウム最大手のジェックスに自ら製作したIoTシステムを売り込み、製品化したことがあった。しかし、アクアリウムを趣味とするアクアリストは、国内に約250万人。世界を変える企業を目指していた高倉にとっては市場の小ささが懸念材料となっていた。
そんな高倉に、丸氏は言い放った。
「お前はアクアリウムの何を知っているんだ」
その言葉に動かされ「悔しいから、何かのヒントになるかもと思って、アクアリウム友達やお店の人に困りごとを聞き込んだり、専門書を読んだりしました。そのときに、初めてサンゴを見つめ直したんです」と高倉は振り返る。
そこで発見したのは、生き物の面白さと、アクアリストの面白さだ。
サンゴは、蛍光タンパク質と呼ばれる物質を持つ。紫外線を当てると光り、ガンの治療において、ガン細胞のマーキングに使われる。
紫外線を当て、緑に光るサンゴ(撮影=藤井さおり)
「サンゴには面白い物質が存在しますが、実態はほとんど分かっていません。研究はされていても、その知見が飼育者に届いていないこともあります。なぜ死ぬのかすら、未だに解明されていない。その秘密を解き明かしていくことで、イノベーションを生み出せるのではと考えました」
また、ヒヤリングで出会ったアクアリストは、多額の資金をつぎ込んでアクアリウムの装置を整えていた。誰に頼まれるでもなく研究者でも難しい飼育技術を研究している。そのノウハウを生かせば、新しいことができるのではないか。
オフィスにはいくつもの水槽が置かれている(撮影=藤井さおり)
「AIやIoTの研究で僕が悩んでいたのは、自分でなければできないイノベーションなのかということ。でもサンゴからイノベーションを生もうとしている人は絶対に世の中にいないだろうから、これは自分にしかできない事業だと思ったんです」
アクアリウムをキーワードにしながらも、250万人の市場で戦うのではなく、主眼を新しい環境ビジネスの創造に置くことで新しく市場をつくっていく。そういった視点が持てたことも、高倉の決断を後押しした。