Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』独占配信中
ローズを見初めたジョージは、彼女のもとに通い詰め、結婚して妻に迎える。そのジョージの行動はまるでフィルの呪縛から逃れるような決断であり、事後にそのことを聞いたフィルは驚く。そして弟の妻として牧場にやってきたローズのことを「財産目当てだ」とジョージになじる。
結婚したローズとは離れて暮らすことになった息子のピーターが、夏の休暇を過ごすため牧場にやってくる。かつてフィルに嘲罵された経験のあるピーターは、当然、彼を警戒している。またローズも弟の妻とはなったが、兄のフィルには敵愾心を抱いていた。
ローズがピアノで「ラデツキー行進曲」を弾いているときに何度もミスタッチをするシーンでは、盗み見ていたフィルが得意のバンジョーで同じ曲を弾いて彼女を揶揄する。互いに顔を見合わせることはないが、音楽を介して2人の敵対関係を表現する印象的な場面だ。
美しい自然に囲まれたモンタナ州の牧場で一触即発の緊張関係のなかで暮らす4人だったが、ピーターがフィルの秘密を知ったときから、新たな局面が訪れるのだった。
ネットフリックス積年の悲願達成か
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」は少なくとも二度観賞することをおすすめする。筆者も最初、劇場で観賞したのだが、その後、配信で観直してこの作品の完成度の高さにあらためて気づかされた。細部に凝らされたさまざまな「企み」に気づいたのだ。そういう意味で言えば、何度も観直し可能な「配信」には相応しい作品なのかもしれない。
例えば、フィルの話に何度も登場する、彼が敬愛してやまないブロンコ・ヘンリーのエピソード。少年時代に多大な影響を受けた伝説のカウボーイに対してフィルがどんな思いを抱いているのか。劇中でさりげなく登場する「BH」のイニシャルで、それが明らかになる。実は最初の観賞では気づかなかった緻密なディテールだ。
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冒頭に登場する「父が死んだ時、僕は母の幸せだけを願った。僕が母を守らなければ誰が守る?」というモノローグも、ともすれば忘れてしまいそうな導入部だ。物語が始まる前なので、ついつい気にも留めなかったのだが、このセリフを頭のなかに入れておくと、終盤の意外な展開もすんなりと受け入れることができる。
実は、この作品はいったい誰が主人公の物語なのだろうと戸惑うほど4人の登場人物のエピソードが均等に色濃く描かれていく。最初はフィルが主人公だと考えていたのだが、途中でジョージになり、そしてローズに移っていった。とはいえ、それも冒頭のモノローグを意識していれば、自ずと納得する人物にたどり着く。
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の原作は、1967年に発表されたトーマス・サヴェージの小説。この半世紀以上も前の作品に注目して、映像化した監督のジェーン・カンピオンの炯眼(けいがん)には頭が下がるが、彼女はオリジナルなエピソードも付け加えており、さらにこの物語を印象深いものにしている。