一般人の宇宙旅行は金の無駄遣い?

ヴァージン会長のリチャード・ブランソン(Photo by Drew Angerer/Getty Images)


なぜIT業界は宇宙を目指すのか


米軍の科学研究所では終戦後に将来の航空機などの開発を見通すために、1953年にそれまで開発された最速の飛翔体を調査してグラフを描いてみた。1903年のライト兄弟の最初の飛行機は時速6.8kmで、2年後にはそれが60kmになり、1947年にはロッキードの時速1000kmを超える飛行機が作られるまでになった。その曲線を将来に伸ばしてみたところ、4年後には地球周回軌道に乗せられる速度を持った飛翔体が可能で、さらにはそれを月まで伸ばせるという結論が導き出された。

そのグラフを見た研究者は目を疑ったが、実際にスプートニク衛星はその予言をそのまま実現し、月到達までの進化はケネディ大統領のおかげで予想よりも早かったし、さらにこの傾向が止まることがなければ、グラフは惑星間飛行や恒星間飛行までが可能になることを示している。コンピューターの世界におけるムーアの法則のように、それは自然の摂理というより、テクノロジー進化の傾向にしか過ぎないが、いずれ人類は太陽系を超えてスタートレックのような世界を実現するだろう。

スペースXのイーロン・マスクCEOは地球を周回する100人乗りの宇宙船を開発しており、ゲートウェーファンデーションのように宇宙ホテルを計画しているベンチャーもある。2030年代から有人火星飛行、2040年代には月面に千人規模の居住空間ができ、1万人が地球との間を行き来する威勢のいい展望もある。


イーロン・マスク(Photo by Britta Pedersen-Pool/Getty Images)

宇宙はより一般人にも開かれた、人類の次のフロンティアになっていくことは間違いなさそうだが、まだ月に定住もできない状態で火星旅行の夢を語るのにはあまり現実味は感じられない。宇宙開発の目標はアポロ計画は例外として、だいたいは予定された年限や予算を大幅にオーバーしてしまうものだ。

むしろ現在の開発状況は、地上の有限の市場の中でのゼロサム・ゲームに飽きたパイオニアたちが、宇宙というもっと大きなドメインの中にビジネスを再定義している運動のようにも思える。産業革命が発達して近代経済が開花したのは、海外の植民地へとドメインを広げたからだ。現在の市場の限界を嘆くのではなく、将来の宇宙規模のビジネスのサブ問題として考えたほうが展望も開ける。そういう意味では、火星に行くためと現状を超える開発をすれば、たとえそれが実現しなくても、それより簡単な? 地上の問題には応用できるだろう。

しかし宇宙開発の最も大きな影響は、偶然にも宇宙の隅の地球で生じて、それ以外の環境を知らない人類の世界観を大きく変えてしまうことだろう。

立花隆の『宇宙からの帰還』(1983)は、アメリカの宇宙飛行士12人の体験談を取り上げたルポで、初めて宇宙を体験した人間がどういう感情を抱いたかが詳細に語られているが、アポロ15号で月に降り立ったジム・アーウィン飛行士が「神の手に触れた感じがした」とその後にキリスト教の伝道師に転身した話が紹介されている。

秋山さんは「個としての抽象度が高まる時に、神秘的になった」と宇宙に行った感想を述べており、宇宙旅行は広告宣伝費だと嘯いていた前澤さんも、国を動かすような偉い人が行けば、世界平和に対する考えも変わってくるだろうと述べている。

ネットの普及で誰もが国境や地域を超えてリアルタイムにつながることが可能になった現在、これまでの国と国を超える「国際化」が、地球として一つの「グローバリズム」として意識されるようになったように、誰もが宇宙に出られる時代になれば、われわれも〇〇国人や□□会社の社員というせまい意識から、宇宙の一員としての「地球人」という一段高い意識を持って世界を見ることができる日がいつかやって来るのかもしれない。

連載:人々はテレビを必要としないだろう
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文=服部 桂

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