カリコは、13年にはバンクーバーでテクミラの幹部たちに会い、マクラクランの下で働くことも提案したが、テクミラは、その申し出も断った。
「モデルナも、ビオンテックも私を雇いたがったのですが、私の第一志望だったテクミラは、そうではありませんでした」(カリコ)
カリコは13年にビオンテックに入った。
このころ、モデルナのCEOステファン・バンセルも、このデリバリーシステムの問題を解決しようと、テクミラに接触したが、交渉は行き詰まった。テクミラは、少なくとも1億ドルの前金とさらに使用料の支払いが必要だとの考えを示したという。
モデルナはアキュイタスのマデンと手を組んだ。
マクラクランの退場
14年2月、50歳になったマクラクランは、長年のパートナーと結婚した。仕事中毒の科学者だった彼にとって、弁護士や企業界との果てしない駆け引きは大きな負担になっていた。彼は14年にテクミラを退社。持ち株を売却、キャンピングカーを購入し、妻と2人の子供、飼い犬とともに、カナダを横断する8400km近い車の旅に出た。
マクラクランが去ると、マレーはテクミラの社名をアービュータス・バイオファーマに改め、米国の医薬品開発会社ロイバント・サイエンシズと組んで、B型肝炎治療薬の開発に取り組むことにした。4種類の脂質を使うドラッグデリバリーシステムの特許権は手放さなかった。
そんなとき、マデンのアキュイタスがモデルナにこのデリバリー技術をサブライセンスした。ライセンスの被許諾者でありながら、第三者にライセンス供与したのだ。これをきっかけにライセンスをめぐる紛争が再燃した。重要なのは、この訴訟の応酬がmRNAに直接関係していたことだ。
2年にわたる法廷闘争を続けた末に、両者は和解した。マレーはトーマス・マデンに対し、すでにモデルナが開発を始めた4製品を除き、今後開発される医薬品へのマクラクランのドラッグデリバリーシステムの使用を許可するラインセンス契約を解除し、マレーも、マデンの技術の一部を使用する権利を失った。
マレーとロイバントは続いて、脂質4種を使ったドラッグデリバリーシステムに関連する知的財産を管理、商業化するため、ジェネバント・サイエンシズという別の会社を立ち上げた。
設立から数カ月のうちに、ビオンテックのサヒンCEOはジェネバントと契約を結び、そのデリバリーシステムを自社の既存の5つのmRNAがんプログラムで使うことにした。ただしこの契約には、予測不能な疾病への使用に関する規定はなかった。例えば、新型コロナウイルス感染症のような疾病だ。
モデルナ製、ファイザー・ビオンテック製のワクチンが使用許可を取得した後、著名なmRNA研究者であるペンシルベニア大学のドリュー・ワイズマンは査読付き学術誌上で、どのワクチンも「アルナイラムのオンパットロと似通った」ドラッグデリバリーシステムを使っているが、脂質のひとつはそれとは別の独自のものであること、両社ともにT字管混合を使っていることを指摘している。