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2022.02.07

新型コロナワクチンの舞台裏。忘れられた、本当の「英雄」

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06年、プロティバとアルナイラムは科学誌『ネイチャー』に歴史的な研究を発表した。サルで初めて、遺伝子の発現を効果的に抑制したというものだ。この研究には、マクラクランのチームが開発したドラッグデリバリーシステムが使われた。

アルナイラムは続いてオンパットロを開発。これはRNAi薬で、特定の遺伝性疾患をもつ成人の神経損傷の治療に用いられ、FDAが承認した最初のRNAi薬となった。提出書類によると、アルナイラムはオンパットロにマクラクランのドラッグデリバリーシステムを使っている。そして、4種類の脂質のひとつにトーマス・マデンと共同開発した改良版を使用していた。

08年10月、プロティバのマーク・マレーCEOは、経営を引き継いだばかりのテクミラ・ファーマシューティカルズ本社の一室にいた。プロティバと同様、テクミラもアイネックスから生まれた企業で、その1年前に燃え尽きたアイネックスは、残った資産をすべてテクミラに譲渡していた。マレーの前には、プロティバとテクミラの合併でやって来た元アイネックスの科学者15人ほどが集まっており、そこにはトーマス・マデンもいた。

マレーは彼らに、「残念ながら、みなさんを雇用し続けることはできなくなりました」と伝えた。

マデンの解雇は、法廷闘争の結果であり、それはアイネックスとプロティバが別々にアルナイラムと組んでドラッグデリバリーシステムを開発していたことが引き金となって起こったものだった。紛争は何年も続き、訴訟のたびに、マレーとマクラクランはマデンとカリスが自分たちのアイデアを不正に使用していたと訴え、マデンとカリスはこの告発に憤慨し、否定。時には反訴した。

1回目の訴訟は08年に和解に至り、プロティバがテクミラの経営を引き継いでマレーがCEOに就任し、このときマデンが解雇された。マデンとカリスはアルナイラムとの共同開発を続けるため09年に新会社アキュイタス・セラピューティクスを立ち上げた。

これに対し、テクミラはアルナイラムを提訴。アルナイラムがマデンとカリスと共謀し、マクラクランが開発したドラッグデリバリーシステムの所有権を安価に取得しようとしたと主張した。アルナイラムは否定し、反訴。脂質のひとつの改良版を開発したマデンとカリスと共同開発をしたかっただけだと主張した。

このときの法的ないざこざは12年に和解に達し、アルナイラムがテクミラに6500万ドルを支払い、マデンがオンパットロ用に開発した脂質の改良版に関する特許権も含む、自社の数十の特許権をテクミラに返すことで合意した。だが、マデンとカリスのアキュイタスはこの取引で、マクラクランのドラッグデリバリーシステムの限定的なライセンスを供与され、新しいmRNA製品を一からつくる際にそのシステムを使用できることになった。

ハンガリー人の生化学者カタリン・カリコがマクラクランを訪ねてきたのは、こうした訴訟の最中のことだった。カリコは早くから、マクラクランのドラッグデリバリーシステムがmRNA療法の可能性を引き出す鍵となることを理解していた。

06年にはマクラクランに手紙を送り始め、化学的に変化させた自身の画期的なmRNAを、彼の4種類の脂質を用いたドラッグデリバリーシステムで包んでほしいと訴えていた。しかし、訴訟の渦中にあったマクラクランは、その提案を辞退した。
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文=ネイサン・ヴァルディ 翻訳=木村理恵 編集=森 裕子

この記事は 「Forbes JAPAN No.088 2021年12月号(2021/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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