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2022.02.07

新型コロナワクチンの舞台裏。忘れられた、本当の「英雄」

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マクラクランとマデンは25年前、アイネックス・ファーマシューティカルズというカナダのバンクーバーにある小さなバイオテック企業で出会った。生化学の博士号をもつマクラクランの入社は1996年。米ミシガン大学の遺伝子研究室で博士研究員の任期を終えて、最初に就いた職だった。

アイネックスの創業者ピーター・カリスは、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で教鞭を執りながら複数のバイオテック企業を立ち上げた人物だ。

アイネックスにはすでに小分子化学療法薬になりそうなものがあったが、カリスは遺伝子療法にも関心を寄せていた。目標はDNAやRNAといった高分子の遺伝物質を脂質の球体に入れ、薬剤として細胞内部に安全に届けること。多くの生化学者が何十年も夢見て、実現できずにいた技術だった。

カリスのチームは、界面活性剤と液体を混ぜる新しい手法を用い、DNAの小片をリポソームと呼ばれる微小な球体に封入することに成功した。ただ、このシステムでは、遺伝子治療に必要なより大きな分子を医学的に有用な形で運ぶことはできなかった。エタノールを用いた手法も試したが成功しなかった。

アイネックスは“ビジネス”だった。より有望な化学療法薬に軸足を移すことになり、遺伝子療法グループの大部分は解体された。カリスは、マクラクランにドラッグデリバリーシステムの資産をもたせ、新会社として独立させた。プロティバ・バイオセラピューティクスの誕生だ。マクラクランが最高科学責任者に就任し、アイネックスは少数株主となった。CEOには長年バイオテック企業の要職を務め、生化学の博士号をもつ米国人マーク・マレーを迎えた。

程なくして、プロティバの化学者2人が重要な発見をした。エタノールに溶かした脂質をT字管装置の片側に、塩水に溶かした遺伝物質をその反対側に入れ、2つの溶液を噴射させぶつける。溶液の衝突によって、脂質が高密度のナノ粒子を形成、瞬時に遺伝物質を封入することに成功したのだ。この手法は見事なまでにシンプルで、うまく機能した。

マクラクランのチームは、ただちに新しい脂質ナノ粒子の開発に取りかかり、4種類の特定の脂質の構成にたどり着いた。チームは、4種類の脂質が互いに対して最も効果的に機能する特定の比率を割り出し、すべてにおいて特許権を取得した。

「アルナイラム」との提携


プロティバの科学者たちは当初、RNA干渉(RNAi)を使った異なる種類の遺伝子療法のほうに魅力を感じていた。ドラッグデリバリーシステムを手にした彼らは、米マサチューセッツ州ケンブリッジのバイオテック企業アルナイラムと手を組み、RNAi療法の確立に取り組み始めた。

一方、古巣であるアイネックスは、FDAに化学療法薬の迅速承認を却下され、崩壊しつつあった。なんと、プロティバを独立させたばかりだというのに、ドラッグデリバリーシステムに軸足を戻し、やはりアルナイラムとの提携をスタートさせていた。

そして、05年に創業者カリスが会社を去ると、マクラクランのライバル、トーマス・マデンがドラッグデリバリーシステム事業を取り仕切ることになった。
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文=ネイサン・ヴァルディ 翻訳=木村理恵 編集=森 裕子

この記事は 「Forbes JAPAN No.088 2021年12月号(2021/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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