厳選食材も切れ端も。京都だからできる「限定6席」のイタリアン

ザ・リッツ・カールトン京都「シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue」にて


その井上シェフが、完全な「自分のスタイル」を表現する場として選んだのが、このザ・リッツ・カールトン京都だ。

藤田伝三郎の別邸「夷川邸」を移築した部屋の横に特別に設えられた「シェフズ・テーブル」の個室は、靴を脱いで上がる日本的なつくり。「気張らずに、自分の家に来てもらったような感覚で過ごしてもらえれば」という思いが込められている。近年求められてきている、快適なラグジュアリーの風潮ともうまくマッチする。

器も野菜も、妥協なく


栃木県出身の井上シェフが京都に惹かれたのは、「いにしえの都、京都には日本の最上のものが集まってきた長い歴史があり、優れた職人が集い、妥協のない素晴らしいものを生み出すという文化があるから」だという。

そんな文化を代表する職人の一人が、清水焼「TOKINOHA」の清水大介だ。井上シェフは、着任以来、足繁く訪れては、試作を行う清水氏のろくろの前に座り、細かい感覚的な調整をその場で行うなど、「料理の衣装」とも呼ばれる器を、まさに一体となって作ってきた。



「地方と比べて、広い工房を持つことは難しい京都では、大量生産の食器では太刀打ちできない。その代わりに、既成概念にとらわれず、様々なタイプの器を焼き、シェフと共にオリジナルの皿を作るなど、シェフのイメージを具現化するクリエイティビティやキメの細かい調整力で勝負する」と清水氏は言う。

店舗2階は、土ものから薄手の白磁まで、洗練された多様なスタイルの器が並ぶギャラリーとなっている。この中からイメージを伝えてもいいし、もちろん色や形を伝えて、オリジナルで作ってもらうこともできる。ザ・リッツ・カールトン京都の体験プログラムでは、ゲストが「TOKINOHA」の工房を訪れ、実際に作品を作ることもできる。



井上シェフがもうひとつ強くこだわるのは、昔から有名な京都の良質な水を使った京野菜だ。

桂川のほとりで10代続く農家の石割照久氏は、「人間の健康に、消化吸収をする腸内の環境が大切なように、野菜にとっては、栄養を吸収する土がとても大切」と考え、微生物のバランスの取れた良質の土づくりから始まる農業を行う。その技術や栽培法は、フランスをはじめ世界各地から教えて欲しいと連絡が来るほど注目されている。


左から、井上勝人シェフと石割照久氏

「京野菜はね、もともと色々な土地から入ってきた野菜。それを、料理店と一緒に美味しくしてきたのです」と石割氏は語る。たとえば、創業450年以上の日本料理店「瓢亭」の高橋英一氏などとともに、味やサイズにこだわり、季節や歳時記を織り込んだ献立に活用するなど、野菜の旬を定着させた。

井上シェフは、足繁く畑を訪れることで、自然と気候風土を吸収している。こうしたやりとりは、この地に都があった時代から、連綿と続く伝統の一部でもあるのだろう。
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文・写真=仲山今日子

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