きめ細かく、直接やりとりをすることで感じる微細な季節感が創造の源だ。自らが朝収穫した野菜で、その日の料理が出来上がることもある。「京都の良さは、コンパクトさ。1時間以内でほとんどの生産者を訪問できる」と井上シェフはいう。
「始末の料理」の現在形
筆者が訪れた日は、七十二候の「閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)」。席には、雪の下に息づく生命の息吹を包む大地に思いを馳せるメッセージが添えられていた。
季節感をテーブルに表現するのは、枯山水もあるホテル内の日本庭園を統括する、庭師の鈴木耕喜さん。「しつらいやサービスに、優れた専門家がいるというのも、ホテルの魅力」と井上シェフは言う。
選び抜いた食材が自慢ではあるが、現代のラグジュアリーは高価な食材だけを使うことではない。食材を等しく「命」と捉え、切れ端まで使い切る。井上シェフのサステナブルなアプローチは、必ずメニューに入れるという、粉状にした端切れの野菜を混ぜ込んだフォカッチャに見ることができる。
野菜の粉末が使われたフォカッチャ
仕込みの合間に自ら端切れの野菜を集めて回り、乾燥させて粉にしたものを使う。若かりし日の自分がそうであったように、若いスタッフたちはシェフの姿勢を見ている。いつか厨房を率いる立場になった時にその姿を思い出してほしい、そんな思いも込められている。また、食材を無駄にしない京都の「始末の料理」の現在形とも見て取れる。
京都の伝統を支える職人技と、世界のラグジュアリーブランドであるザ・リッツ・カールトン。その美意識を束ねる井上シェフが、食を媒体に伝統文化を伝える、未来志向のラグジュアリー。いにしえから続く京都の文化に寄り添う、新しいレストランだ。