フェデラーはごく自然な流れでOnと関係を結ぶことになった。ただし、世界でも指折りの著名テニスプレーヤーと、生まれて間もないランニングシューズメーカーの関係はどのようなものがいちばんしっくりするのかをめぐっては、フェデラーとOnの3人の創業者、オリヴィエ・ベルンハルト、キャスパー・コペッティ、デヴィッド・アレマンとのあいだで、手探りが続いた時期もあったという。
フェデラーとOnの関係は、よくあるスポンサー契約とは似ても似つかないし、普通の「資本提携」ともかなり毛色が違う。両者のパートナーシップは、スイスを拠点に活動するエネルギッシュな個人と組織が互いのことを知り合ったうえで、ビジネスで重要なのは友情だと確信したところに生まれたものなのだ。
「親しい友人と一緒に仕事をするのは素晴らしいことだと思うんです。それはとてもうまくいくはずです」とフェデラーは話す。
フェデラーがOnのことを知った最初のきっかけは、妻がそのシューズを履いていたことだったという。そのうち、チューリヒの街角でもOnのシューズを見かけるようになった。そうしてある日、自分でも一足履いてみて、そのミニマリスティックで軽い履き心地を体感した。「Onの創業者たちと会ってみたい」──。そのときにそんな気持ちが芽生えたという。
「人々がどんな理由から、何をやろうとしているのか。どうやって出会ったのか。こういった話はぜひ聞いてみたくなるし、彼らからそれをちょっと聞けて楽しかった」と、フェデラーはOn創業者たちとの最初の面会を振り返る。その後、友人や代理人のトニー・ゴッドシックも交えてチューリヒで夕食を共にするなど、彼らとの親交を深めていった。
「ただの親睦会でしたね。これから何かを一緒にやろうとか、そういう話はいっさいありませんでした」とフェデラー。「自分としては、ただ彼らに会って、スイス人のサクセスストーリーを聞きたかっただけなんです。わたしは世界で勝負しようとしているスイス人にすごく興味があるんです。スイスでは、ある段階になると世界に打って出ていかざるを得ません。そうしたスイス人は心から応援したくなるし、ぜひ話を聞きたいという気持ちになるんです」
こうして始まったフェデラーとOnの関係は、やがてフェデラーによるOnへの出資というかたちに発展する。その段階で、ゴッドシックと、フェデラーの妻ミルカもこのパートナーシップに加わることになった。