ただ、Onの創業者たちには不安がなかったわけではない。コペッティが明かす。「社内でずいぶん議論しました。わたしたちは迷っていました。ロジャーはスイスよりもずっとビッグな存在だし、当時のOnからすれば雲の上のような方だったから」
「彼らはわたしのことを、自分たちとは釣り合わないのではないかと思っていたのかもしれない」とフェデラーも認める。「一方で、お互いに、わたしに普通のアンバサダー役をあてがうのは違うとも感じていました。彼らは、わたしにどのくらい信頼してもらっているのかを知りたがっていました。わたしはこんなふうに思っていると伝えました。技術は素晴らしいし、先取りした思考もできる。それを実現するのに必要な情熱もある。そして、わたしはあなたたちと一緒に時間を過ごすのが好きだ。あなたたちのことを信頼している、とね」
こうして、両者は「別のタイプのディール」(フェデラー)をまとめ始めた。それはフェデラーにとっても非常に新しい試みだった。「自分が突然、実業家になるというのは、とても奇妙な感じがするものです」
(c) OnフェデラーによるOnへの出資が公になったのは2019年末のことである。しかし、フェデラーは実際はそのだいぶ前から、オンコートシューズと、オフコートシューズ「ザ・ロジャー」の開発に取り組んでいた。
「わたしたちはすでにテニスシューズの開発で協力を始めていました。何か生まれて、一緒に仕事をやるということになれば、幸先のよいスタートを切れるとは感じていました」とフェデラーは振り返り、こう続ける。
「といっても、もしそうならなくても、わたしはまったく気にしなかったでしょうね。わたしが望んでいるのはスイスの企業が成功することだからです。わたしの貢献が1%に満たなくても、あるいは10%あったとしても、それは問題ではない。わたしとしては、スイス企業のお手伝いができて、その企業が成功しそうである、その企業とは今後も親しい関係を続けられ、何人かの好漢たちと知り合いでもいられる、それだけでかまわないんです」
「彼とは友人になりました。一緒にいてすごく気持ちのいい男でね」とコペッティは語る。フェデラーとの出会いは「わたしたちの歴史のなかで、Onをいちだんと高いレベルに引き上げてくれた3つか4つある瞬間のひとつ」だったとも考えている。
一方、フェデラーとミカ夫人にとっても、Onの本社で過ごす日々はまったく新しい経験になっている。フェデラーはそれを満喫しているようだ。「すごく面白いんです。楽しくやらせてもらっています」