料理人を長く続ける秘訣は「人に愛される力」

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」では、今夜も新しい料理が生まれ、あの人の物語が紡がれる……。連載第15回。


熊本城の真正面にある「熊本ホテルキャッスル」は、1960年開催の熊本国体に臨席する昭和天皇・香淳皇后両陛下の宿泊のために同年開業した、由緒正しきホテルだ。ここで2019年の退任まで社長として長らく奮闘してきた斉藤隆士さんという方がいる。もともとは料理人という、異色の経歴のもち主だ。

斉藤さんは、四川料理の第一人者・故陳建民の愛弟子のひとりで、陳建一の兄弟子にあたる。1975年、33歳のときに新装された同ホテルの中国四川料理店「桃花源」の料理長に就任。過去のインタビューによれば、師匠(陳建民)を見習ってウェイターやウェイトレスを大切にし、また厨房を出てテーブル席を回り、料理について説明しながらゲストの好みや家族構成までを頭の中にたたき込んだという。そうして「中華はキャッスル」といわれるまでに成長させた。82年からは日本中国料理協会の理事、副会長、最高技術顧問なども歴任。まさに中国料理業界の発展に努めた、誰もが認める功労者だ。

斉藤さんと初めてお会いしたのは30年前、「桃花源」の料理長だったころ。そのとき食べた陳建民直伝の麻婆豆腐に「なるほど、本場の味ってこういうことか!」と衝撃を受けた。2003年、60歳で社長に就任されてからはホテルを盛り上げる企画などを相談され、懇意にさせていただいた。

お会いするたびに感じたのは、こんなに社員に好かれている社長はなかなかいないなあということ。料理長時代からとにかく面倒見のよい方で、いろんな部署のまとめ役になり、外部の人との縁をつくるのも上手だった。料理長から社長という珍しい抜擢は、そのような人望の厚さゆえだったのだろう。

「突出すぎず、凝りすぎない」


blankの料理人ゴローが今回つくってくれた料理は、東京・赤坂の「Wakiya一笑美茶樓」で出されている麻婆豆腐の再現だ。オーナーシェフである脇屋友詞さんとの付き合いは長い。僕が放送作家を務めていたテレビ番組『料理の鉄人』に挑戦者として出演されたのが1994年だから、もう四半世紀以上になる。

といっても、脇屋さんの料理を頻繁に食べるようになったのは、2001年に先の赤坂のお店を開店してから。以降、僕の会社の周年パーティや僕自身の50歳のバースディパーティも脇屋さんのお店でやったし、僕が総合プロデューサーを務める日本最大級の料理コンペティション「RED-U35」の審査員もずっと続けてもらっている。

脇屋さんは中国料理にフランス料理の要素を取り入れた「ヌーベルシノワの先駆者」とも称されるが、ヌーベルシノワという言葉がいますでに古くさく感じるなかで、脇屋さんの料理はいつでも新しい。同時に、その新しさは、お客様を決して置き去りにしない。脇屋さんの料理のモットーは「突出すぎず、凝りすぎない」「母親が食べたらどう思うかという視点を失わない」ことなのだという。これは非常に本質的だし、料理人が独りよがりになって料理が「作品化」するのを防いでくれる、大事なよりどころになる気がする。
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写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.087 2021年11月号(2021/9/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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