全盛期、その中心地だったのがロンドンのソーホー地区だ。それ以前は劇場や映画館の他にいかがわしい店も立ち並ぶいわゆる歓楽街であったが、スウィンギング・ロンドンの潮流のなかで、ファッションや音楽の発信地として変貌を遂げていく。
いまでは高級レストランやエンターテインメントの施設が集まるこの地区が、映画「ラストナイト・イン・ソーホー」の舞台となっている。作品中にはスウィンギング・ロンドンのアイテムが散りばめられ、使用される曲もほとんどが1960年代のブリティッシュ・ポップスだ。
若者文化の中心であった、かつてのロンドンを「体験」する作品としては、これ以上ないほど精緻につくられており、もちろんそのような楽しみ方もある。
しかしメガホンをとったエドガー・ライトは一筋縄ではいかない映画監督だ。1974年生まれの彼は、この時代へのオマージュだけではなく、そこに潜むもうひとつの物語も作品に織り込んでいる。
ライト監督お得意の中盤での大転換
映画「ラストナイト・イン・ソーホー」は、ピーター&ゴードンの1964年の大ヒット曲「愛なき世界(A World Without Love)」で華々しく幕を開ける。この曲は全英のみならず全米でもシングルチャート1位に輝いた曲で、ビートルズのポール・マッカトニーが彼らに書き下ろした曲だ。
弾むような曲調の割にはシリアスな内容の歌だが、これに合わせて主人公のエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)が軽やかに踊るシーンから作品は始まる。彼女のファッションや部屋に飾られたものなどから、一瞬、1960年代を舞台にした映画なのかと思わされる。
エロイーズはファッション・デザイナーを夢見る女性で、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに合格したばかり。勇躍、地方から都会へと旅立つのだが、このとき彼女が耳に当てているBeatsのヘッドホンで、現代を舞台にした物語だということに気づく。このあたりの「ひっかけ」は、いかにもエドガー・ライト監督らしい。
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カレッジに入学したエロイーズは学生寮に入るが、同室の女性とは性格が正反対、周囲とも馴染めず、意を決した彼女はソーホーにある古い屋敷の一室に部屋を借りる。家主はミズ・コリンズ(ダイアン・リグ)という老婦人で、男性を部屋に入れてはならないと言明される。
その部屋でエロイーズは夢を見る。それは彼女が憧れている1960年代のロンドン。映画館では「007/サンダーボール作戦」が上映されており、彼女は「カフェ・ド・パリ」というナイトクラブに足を踏み入れる。店の鏡に自分の姿を映すと、そこにはサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)という歌手を夢見る金髪の女性が現れる。