1960年代にタイムリープ。夢と恐怖がシンクロする映画「ラストナイト・イン・ソーホー」

松崎 美和子

ネダバレを危惧して声明を出した監督


「ぼくはロンドンと1960年代が大好きだ。でもそこには愛憎入り交じった感情もある。活気あふれる時代にタイムトラベルできたら最高だと考えることもあるが、『でも本当に最高かな?』という頭から離れない疑問もある」

こう語るエドガー・ライト監督だが、「この映画の主題は、バラ色の光景の裏に何があるか、いつそれが現れるかを問うことなのだ」とも語る。その監督の意図が、序盤の「ひっかけ」から中盤以降の転換へと繋がっていく。

意識が自分の身体から離れて時空を移動することを「タイムリープ」というが、前半はそのような設定の作品かと思われたものが、突如として別の物語へと変わっていくのだ。

このあたりの「ネタバレ」については、エドガー・ライト監督はかなり気にしており、ベネチア国際映画祭でのワールドプレミアに際して次のような声明を出していた。

「後半の展開をあまり明かさないで欲しい。私たちは作品を観てくれる人たちに、エロイーズと一緒に物語を発見してもらいたいと思っている。なので、未来の観客のために、『ラストナイト・イン・ソーホー』で起こったことはそのままソーホーに置いていって欲しい」

監督自身が、如何にネタバレを危惧していたかがわかるものだが、映画の宣伝物などでは既に「サイコ・ホラー」という記述もあるので、ここは「タイムリープ作品からサイコ・ホラー作品へと転じる」と書かせてもらおう。

イギリス南西部の田舎町で育ったエドガー・ライト監督は、少年の頃から映画を撮り始め、20歳の時には自作が劇場公開もされている。

テレビの仕事に就くが、2004年の映画「ショーン・オブ・ザ・デッド」の監督として注目を集め、以後「ホットファズ−俺たちスーパーポリスメン!−」(2007年)、「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」(2013年)を監督。2017年の「ベイビー・ドライバー」はアカデミー賞で3部門にノミネートされた。

とにかく映画愛にあふれた監督で、これまでの作品でもゾンビ映画、警察映画、SF映画、アクション映画と多彩な作風を誇っている。とはいえその底流に流れているのはコメディだったのだが、今回の「ラストナイト・イン・ソーホー」では初めてシリアスなサイコ・ホラーに挑戦、期待を裏切らない完成度を見せている。

音楽も「ベイビー・ドライバー」と同様、さまざまなアーティストの曲が全編にわたって使用されており、「ラストナイト・イン・ソーホー」というタイトルも、最後に流されるディヴ・ディー・グループの同名曲(邦題は「ソーホーの夜」)に由来している。

1960年代のブリティッシュ・ポップスに包まれ、タイムリープ作品からサイコ・ホラーへの転調を楽しみながら、エドガー・ライト監督が陰影濃く描くスウィンギング・ロンドンを体験するのも悪くないかもしれない。

ちなみに「ソーホー」という地名は、ニューヨークにも香港にもブエノスアイレスにもあるが、ここロンドンが嚆矢(こうし)となる。作品観賞後、最初に頭に浮かんだのはこのソーホーをまた訪ねてみたいというものだった。それほどこの場所が持つ魅力を「ラストナイト・イン・ソーホー」という作品は鮮やかに放っている。

連載:シネマ未来鏡
過去記事はこちら>>

文=稲垣伸寿

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事