鏡を介してエロイーズはサンディと「シンクロ」して、1960年代のソーホーでの彼女の物語を「体験」することになる。このエロイーズとサンディが出会う鏡のシーンは、作品の前半のなかでも特に印象的なシーンだ。現在と過去が結ばれる場面でもあるのだ。
夢から覚めても、エロイーズはサンディとして過ごしたときを思い起こし、彼女と同じブロンドに髪を染め、白いコートをまとい、次第に1960年代のソーホーへとのめり込んでいく。そして、毎夜のようにサンディの夢を見ることが待ち遠しくなっていくのだったが……。
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前述したようにエドガー・ライトは一筋縄ではいかない監督である。作品のそこかしこにさまざまな仕掛けを施し、過去の名作をリスペクトするようなシーンを登場させたりもする。そして極め付けは、時に物語の展開を途中でガラリと一転させるのだ。
彼の作品のなかで、これまで筆者が最も気に入っている「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」(2013年)では、物語の中盤で映画のジャンルそのものがひっくり返るような大転換を遂げる。
幼馴染みが20年ぶりに再会して、かつて果たせなかった故郷の町の12軒のパブを一気に飲み歩くという牧歌的なコメディが、思いもしなかったとんでもない方向へと発展していくのだ(どんなものかは観てのお楽しみ)。
12月10日(金)、TOHO シネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開/配給:パルコ ユニバーサル映画(c)2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED
この「ラストナイト・イン・ソーホー」でも「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」で見せたような驚くべき「転換」がある。
それは物語の序盤で描かれる普通の人には見えないものがエロイーズの前には現れるという設定に由来するもので(7歳の時に自殺した母がときおり彼女の前に現れる)、そこからスウィンギング・ロンドンが放つ「光」の部分から「影」の部分へと物語は転調していく。