日本へ亡命を果たした「覚悟のゴールキーパー」のチャレンジ

入団会見時のピエリアン・アウン(右)とY.S.C.Cフットサル監督前田佳宏(左)/photo by 藤江直人


「疲れますね」と苦笑いする日々。チャンスを与えてくれた日本で必死に生きようとするアウンの姿が、周囲に「覚悟」を感じさせる。宿本が言う。

「日本で生活すること自体に勇気がいるし、なおかつ今は仕事にも就いている。慣れない国でフットサルも仕事も頑張っている姿を見ているだけで、僕たちも刺激を与えられる。彼が大きなチャレンジをしていることが、チームにとって財産になると思う」

難民を受け入れるだけでなく、地球上に生きる人間同士として理解し合い、手を取り合いながら前へ進んでいく。自らの周りで大きな広がりを見せる、差別も偏見も何も存在しない日々の中で、アウンが笑顔を浮かべる時間も確実に増えてきた。

11月23日には横浜が所属する全国リーグ、Fリーグで待望のデビューを果たした。

周囲とのコミュニケーションが欠かせないポジションだけに、加入後もベンチ外か、ベンチ入りしてもピッチに立てない試合が続いた。懸命に勉強を続けるものの日本語のハードルが高い中で、前田佳宏監督の発想が状況を一変させた。

アウンを応援する横断幕も見える
試合会場にはアウンを応援する横断幕も見える。

「片言の英語を話すことですね。アウンには『日本語を覚えるより、間に英語をはさんだ方がいい』と話しています。僕や選手たちも簡単な英語ならば分かるので」

デビュー戦は敗れたが、自らの人生にマイルストーンを刻んだアウンは「大きな舞台でプレーできたことに感謝したい」と笑顔を浮かべた。人生を一変させた抗議を「後悔していない」と振り返りながら、アウンは感謝の思いを忘れない。

「家族みたいに感じられるみんなの存在がすごく嬉しい。一人で勝手に日本へ残ってしまったことで、母国の家族やいろいろな人に迷惑をかけたけど、自分がここで活動していくことで、いろいろな方々にミャンマーの今を広めていけたらと思っている」

プロ選手の肩書きを背負うピッチ上で。仕事や日本語の習得を含めたピッチの外で。フットサル界及び日本サッカー界で初めての難民選手は国籍を越えたエールを受けながら、日本社会全体へのメッセージにもなりうる新たな人生を全力で突っ走っていく。

文・写真=藤江直人

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