EY
Entrepreneur
Of The Year
2021 Japan
2021 Finalist Interview
アントレプレナーたちの熱源
#03
アサヒサンクリーン株式会社
代表取締役社長
浅井 孝行
訪問入浴で日本を笑顔にする"即行動"リーダー
豊かな自然に囲まれた静岡市内が一望できる「アサヒサンクリーン」の本社屋上。晴れ渡ったすがすがしい空気と呼応するように浅井は格別の笑顔をふりまく。おおらかに、気負いなく、周囲を巻き込んでいく浅井ワールドである。
浅井は名古屋市を拠点に物流業を展開する「東山グループ」の出身。アサヒサンクリーンとの出会いは1996年に同社が社会貢献をキーワードに健康事業へ参入したときに遡る。無農薬やオーガニックにこだわる商品を揃えたセレクトショップ「ラ・プラス(フランス語で広場)」の立ち上げに際し、浅井は自ら手を挙げ新規事業の開発責任者となったが、その店舗の一角に、2000年の介護保険制度施行にともない居宅介護支援事務所の相談窓口を開設したのがアサヒサンクリーンだった。
一方、「ラ・プラス」においても01年に福祉用具付与事業、その後デイサービス、老人ホームと介護事業の領域を拡大。双方は別会社でありながら長寿健康を共通テーマに持つことから日々情報交換など活発な交流を育んでいたという。
積み重なる時間の中には、時として天使の仕業とも思える感動的な光景が織り込まれることがある。その瞬間は、浅井が福祉用具の対応で利用者宅を訪ねた際、実際にアサヒサンクリーンの「訪問入浴」を目にしたときに現れた。
「利用者さまは発語も困難な状態でした。介護者2人と看護師1人の見事な連携であっという間にベッドの横に浴槽が組み立てられ、入浴へと導く。そして丁寧にケアを施しているとき、利用者さまが無言で涙を流されたのです。訪問入浴は数ある介護サービスの中でも根幹をなすものではないか。それまで福祉用具も自立支援としては費用対効果の良いものという自負がありましたが、考えを新たにさせられましたね。以来、人を幸せにするお風呂の力は、私の活動の原点となりました」
「社員一人ひとりの心の中には、最後までその人らしい暮らしを送らせてあげたい、という介護の本質ともいえる思いが宿っています。未来をつくるのは人の心。すべての従業員の熱量こそ、私の熱源です。」──アサヒサンクリーン 代表取締役社長
浅井 孝行
訪問入浴は介護の宝。
つぶすわけにはいかない
訪問入浴サービスをほぼ独占状態で展開していたアサヒサンクリーンに転機が訪れたのは、06年のことだった。
介護保険制度の開始以降、要介護認定者数は目にみえて増加していた。膨らむニーズに応えるべく、アサヒサンクリーンでは業容の拡大を加速したが、組織運営が追いつかない。また同時期、同社社長が亡くなり、財務面の課題も発生。いわゆる経営危機の状態に陥っていた事態をいち早く把握して行動したのが、古くから交流のあった浅井である。「訪問入浴は介護の宝。潰すわけにはいかない」。ただちに当時の東山の会長であった安井功のもとを訪ねた浅井は、資金調達を働きかけるとともに再建への道筋を話し合ったという。浅井の迅速な行動と会長の即断即決が奏功し、アサヒサンクリーンはラ・プラスを親会社として存続することになる。
「現場第一主義という言葉がありますが、これは現場を重視するというよりは、現場をより良くするために全体を整えることだと私は解釈しています。再建において最も重要なのは、どこに問題点があるかを見極めることに尽きるのですが、当時のアサヒサンクリーンは現場重視のあまり”木を見て森を見ず”の状態。前途多難でしたが、再建の方向性は見えていました」
素材にカーボンプラスチックを使用し、27kgから11kgへ大幅に軽量化した浴槽は、専用車への搬入搬出においても業務を軽減。
2020年にリニューアルされたロゴマークは、弧を描く3つのハートで安心がずっと続いていくことをイメージしている。
社員が生き生きと
働ける環境を整えるために
浅井の挑戦が始まった。最初に着手したのが、企業の「組織化と効率化」「作業負担の軽減」である。
まずは全国115か所(07年時点)で展開する事業所のリーダーを決め、訪問入浴サービスの配車効率を改善。次に事業所長の業務を補うかたちで5〜6つの事業所をひとつのブロックとしてブロック長を置き、さらに2〜3つのブロックを管理するエリア長も配置。事業の見える化とマネジメント力を強化することで、風通しの良い柔軟で強靭な組織体をつくり上げた。
また、手厚いサービスに定評のあった現場も一から見直す。すると、「ほとんどの作業がスタッフの我慢で成り立っていることが分かった」と言う。そこで浅井は速やかに作業負担を軽減するための設備投資に踏み切った。
浴槽の素材をカーボンプラスチックに変更して27kgから11kgへの大幅な軽量化を実現するとともに、腰への負担を軽減するマッスルスーツ(装着型介護ロボット)やマルチ担架シートを専門家と共同開発。その後、手肌にやさしいマイクロバブル発生装置の導入や、作業時間の短縮に貢献する電子カルテの導入など次々にテコ入れを図っていった。「実はこれらの改善には、東山の物流事業で培ったノウハウがとても役立ちました。物流というのはいかに作業負担を減らし効率化を図るかが肝になりますからね。費用対効果を見据えたうえで、初期投資は必須だと考えました」と浅井は話す。
「パーパス共有」で企業価値を高める
ボトルネックを洗い出し、次々に改善を図っていく。浅井はトップダウン的なリーダーなのだろうか。
「答えを先に言うとNOです。最後はトップが明確なビジョンを持ってリードする必要がありますが、過程においては『共に創ろう』というのが私のスタイルです。企業価値を高めるために必要なのはパーパスマネジメント、つまり『組織のパーパスと個人のパーパス』をどのように一致させていくか。これをせずに、どんな優れたサービスを提供しても持続的成長はない、というのが私の考えです。常にアンテナを高く張り、社会変化をリアルタイムでキャッチする。全身全霊で現場を見る、現場の声を聞く。そして社員との建設的な対話を楽しむことを心がけています。
直近では、会社のスローガンとそれにともなうミッション、ビジョン、バリューの明文化、それから会社のロゴを社員参加型で刷新しました。できる限り幅広い意見を吸収・抽出するため、経営企画本部長の飯出を筆頭に本社と支店の女性社員12名で構成される女性活躍推進委員会が大奮闘してくれました。ロゴは全社員からアンケートを取って決めたのですが、もし、本命と違うものが選ばれたらどうしようか、と内心ハラハラしていました」
時折垣間見える天真爛漫さが場を和ませる。飯出は浅井のことを「やると決めたらすぐに行動する実行の人、人を惹きつける力があり各界の代表など交友関係も広い」と語った。知らぬ間に人材を味方につけるのも才能のひとつなのかもしれない。
最後に、組織としての体制が整ったいま、浅井の熱源は何なのかを聞いてみた。
「20年前であれば、私は迷わず“お風呂の力”と答えたでしょう。しかし、これまで社員との対話を重ね、社長に就任したことで私の中に大きな変化が生まれました。社員一人ひとりの心の中には、最後までその人らしい暮らしを送らせてあげたい、という介護の本質ともいえる思いが宿っているのです。それは、先ほどお話したスローガン『いつもの安心を、ずっと』に込められた個々の願いでもあります。未来をつくるのは人の心。いまはすべての従業員の熱量が、私の熱源になっています」
アサヒサンクリーンは、訪問入浴の素晴らしさを世に広め、市場そのものを拡大してきた。今後は、介護予防事業に力を入れることにより、介護を必要としない生活を送ることができる高齢者を増やすことも目業に掲げ、医療と介護の相互アクセスポイントとなるケアマネジャーの新たな組織部隊をつくるほか、SDGsの観点から、女性活躍と外国人育成登用にも力を注ぐという。多くの熱量を一つのかたまりにして、浅井の挑戦は続く。
「組織のパーパスと個人のパーパスを
どのように一致させていくか。
これをせずに、どんな優れたサービスを提供しても持続的成長はないでしょう。」
アサヒサンクリーン株式会社
本社/静岡県静岡市本通十丁目8番地の1
URL/https://www.asahi-sun-clean.co.jp
従業員数/正社員2,240名 パート・アルバイト1,120名
1968年生まれ、愛知県出身。1992年、東山株式会社へ入社し未病対策としての健康食品事業を立ち上げ店舗運営を担う。2000年、株式会社ラ・プラスへ転籍し、デイサービスや老人ホームの施設長を歴任。2013年、サンネットワークリブへ転籍し福祉用具貸与事業を展開。2017年、同社代表取締役社長へ就任。2018年、アサヒサンクリーン株式会社常務取締役へ就任。事業統括本部長を経て、2021年に同社代表取締役社長へ就任。
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Text by Sei Igarashi|
Photographs by Masahiro Miki|
Edit by Yasumasa Akashi