EY
Entrepreneur
Of The Year
2021 Japan
2021 Finalist Interview
アントレプレナーたちの熱源
#10
五常・アンド・カンパニー株式会社
代表執行役
慎 泰俊
金融の力で平等を実現するソーシャルバンカー
慎泰俊はすべての人が金融サービスを使える世界を実現するために「民間セクターの世界銀行をつくる」と掲げて、2014年に五常・アンド・カンパニーを創業した。同社は、カンボジア・スリランカ・ミャンマーやアジアを中心とした途上国で数万円から数十万円規模の小口融資を行うマイクロファイナンス・テクノロジー企業として、資産残高500億円、年間売上100億円、過去5年のCAGR(年平均成長率)107%といった急成長を見せている。
同社の主要なサービスとなるマイクロクレジットは、口座がつくれなかったり、銀行からの融資が受けることができなかったり、安全な貯蓄手段をもっていないなど、金融インフラが不十分な途上国に住む人や中小零細企業を対象とした小口融資だ。初期においては、顧客が連帯保証となる5人組をつくり、互いが信用を担保することによって迅速な少額融資を受けられる。その後、信用履歴が積み上がれば、個人の信用で借入もできるようになる。それにより中古ミシンや乳牛などを購入して事業を開始することで、所得が増え続けるサイクルが回りはじめる。
「途上国の低所得層や中小零細企業向けに低価格で良質な金融サービスを展開することで、顧客の生活改善、ひいては地元の産業構築の土台づくりをしたいと思っています。
弊社の収益は8割近くをマイクロクレジットが占めており、これ以外にも国によってはマイクロセービング(預金)、マイクロインシュランス(保険)、マイクロレミッタンス(送金)を提供しています。顧客用のアプリも、スリランカとタジキスタンで提供しており、タジキスタンでは同国最大シェアを有しています」
"人間中心のサービスデザイン"
五常・アンド・カンパニーは、融資を行う際のボトルネックとなる審査フローや人的コストを"適切なテクノロジーの活用"と"オペレーションエクセレンス(洗練化)"によって最適化。これにより、途上国としては低金利での融資を提供している。さらに、同社の強みとなっているのは"人間中心のサービスデザイン"だ。
「"人間中心のサービスデザイン"で重要なのは、サービスの成果をデータ等で計測する『インパクト測定』と、顧客の観察、そして顧客への共感に基づいてデータから意味を見出し、正しい課題を設定する『デザイン思考』の2軸です。そうしてこそ、顧客が本当に欲しているサービスをつくることができます。さらに、現地で調査員を雇って一部の顧客層の詳細なデータを蓄積し、消費平準化や所得増大などを計測しています。そうすることで、自社のサービスが社会にどれだけインパクトを与えているのかについて、投資家への説明責任を果たすのです。
私は実際に事業を展開する国を訪れては、顧客となる世帯の生活を体験するようにしています。そうやって顧客の生活や体験を観察・共有することで、提供するサービスの成功可否も想像できるようになってきます。“お客さんの物語を自分がどれくらい覚えているか”というのは、すべての商売で重要なことだと考えています」
途上国に暮らす人は40億人。そのうち40%は金融サービスにアクセスできていない。
金融という社会インフラを整備することで“機会の平等”に近づく。──五常・アンド・カンパニー
代表執行役 慎 泰俊
“機会の平等”を世界中の人々へ
そもそも慎がすべての人たちに金融包摂を届けるために「民間セクターの世界銀行をつくる」という途方もなく大きな目標を掲げて事業を始めた"熱源"は、自身の出自に由来する。
「私は日本国籍がなく、また北朝鮮でも韓国でもない朝鮮籍であるため、法律的には無国籍という扱いです。そのため、『今でもパスポートを取得できない』など、さまざまな不条理を感じてきました。世帯収入も多くない家庭で、両親は親戚に頭を下げるなどして私たち兄弟を大学に送り出してくれました。そういった経験から、どこに生まれても誰もが同じように夢を見て生きたいように生きられる"機会の平等"を実現したいと強く感じたのです。
学生の頃は人権弁護士になろうと人権活動にも携わってきましたが、活動のなかで世界のゲームのルールが資本主義だと痛感し、資本主義のルールを学ぼうと投資銀行に就職しました。そこで金融システムについての知見を得ると同時に、2007年にはマイクロファイナンスや社会的養護、現在は難民支援なども行っているNPO法人『Living in Peace』を立ち上げたのです。2012年、世界経済フォーラムの『サマーダボス会議』に参加したことを機に『民間セクターの世界銀行をつくる』ことを決意しました。いくつかの事業アイディアのなかから、自分が得意で社会的にも意義があり、そしてまだほとんどの人が手をつけていないマイクロファイナンスの会社を立ち上げることにしたのです」
こうして、慎はLiving in Peaceの活動を通じて知り合った仲間とともに五常・アンド・カンパニーを設立。カンボジアを皮切りに、スリランカとミャンマーでも事業を展開していく。世界的マイクロファイナンス事業の先駆けであるグラミン銀行の顧客数が100万人を超えるのに17年かかったところ、同社はたった7年で顧客数100万人を突破した。この急躍進の背景として、慎は同社が創業時より世界志向であったことを挙げる。
「多様性は一度死ぬとそう簡単には戻らない」と話す慎が特にこだわったのが、メンバーの国籍比率だ。現在、五常・アンド・カンパニーはホールディングスを含めると15カ国にも上る多国籍のメンバーが在籍している。世界中どこでも人々の金融行動は似ているため、他国展開する際も8割方が同じ事業モデルでの運用が可能だという。残りの2割は各国の制度やインフラによって調整をしていく。世界で成功するためには多様性を担保する組織構造や人事が重要だと考え、それを創業時から貫いてきた。
慎は事業を展開する国で、借り手の生活を体験しながら写真を撮る。自社のサービスから始まった物語を伝えることも事業者の責務と考えている。
民間版の世界銀行へ
急成長を続ける五常・アンド・カンパニーだが、慎は「創業時から資金調達には苦労している」と語る。創業後の3年間は機関投資家がつかず、日本全国の個人投資家のもとを訪ねて出資を募った。機関投資家がつかなかった理由には日本でのマイクロファイナンスの認知度の低さがあり、「自分がわからないものには投資するな」という投資の世界の鉄則が大きな壁となっていた。投資されなければ事業は伸びず、事業規模が拡大しなければグローバル投資家からも相手にはされない。
その潮目が変わったのは2017年。第一生命保険が同社の「インパクト投資の第一号案件」として、五常・アンド・カンパニーへの投資を決定したことだった。
「同社は、日本の生命保険会社として初めてのインド生命保険元受事業への進出をしていたこともあり、途上国の現状や同地での事業の困難さのみならずアップサイド(可能性)も認識していたことが、弊社に投資を決定する上で大きかったのだと思います。第一生命保険は世界的な機関投資家として海外でも知られていたため、海外の機関投資家からも弊社が投資先として認められるようになりました」
五常・アンド・カンパニーは、2030年までに事業規模を資産残高5兆円、売上1兆円、顧客数を50カ国1億人にまで伸ばすことを目標としている。これは決して夢物語ではなく、現在の事業ペースから算出して十分に実現可能な数値だという。
「金融サービスはビジネス機会や教育のような将来への投資などにつなげるためにあるものであり、水や空気のようにないと困ってしまう大切な社会インフラです。途上国を含めた誰もが必要とする社会インフラを届けることが、"機会の平等"の実現に近づくと信じています。マイクロファイナンス事業を通じて、将来は『世界に存在する金融包摂の問題については、慎泰俊に任せておこう』と思ってもらえるようになりたいです」
「マイクロファイナンスを通じて、途上国のすべての貧困層に金融アクセスを提供することで、
誰もが自分の未来を決めることができる世界を実現したい」
朝鮮大学校法律学科、早稲田大学大学院ファイナンス研究科卒。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルで8年間にわたりプライベート・エクイティ投資実務に携わった後、2014年に五常・アンド・カンパニーを共同創業。全社経営、資金調達、投資など全般に従事している。金融機関で働くかたわら、2007年にLiving in Peaceを設立(2017年に理事長退任)し、マイクロファイナンスの調査・支援、国内の社会的養護下の子どもの支援、国内難民支援を行っている。世界経済フォーラムのYoung Global Leader 2018に選出された。
Promoted by EY Japan|
Text by Michi Sugawara|
Photographs by Masahiro Miki|
Edit by Yasumasa Akashi