東京にある中華料理店のランチメニューが、本場の味に近づいている理由

これが「酸菜魚」ランチ980円


また同店では羊肉を使ったランチが5品もある。ランチはボリュームがあるせいか、若い客層が目立ち、たまたま近くにいた若い男性客2人が選んだのは、「ラム肉のクミン風炒め定食」だった。

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ラム肉のクミン風炒めの「孜然羊肉」は臭みがなくスパイシー

これは「孜然羊肉(ズーランヤンロウ)」という料理で、羊肉をクミンや塩、胡椒などで味つけし、タマネギなどと一緒に炒めたものだ。口の中でスッとするほろ苦いクミンの香りが羊によく合う。これを選んだ彼らは常連なのだろう。孜然羊肉は、最近注目されている東京ディープチャイナの代表的な料理だからである。

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神田「味坊」のランチメニューは日本の食通にも愛される多彩な15品

新大久保の中国朝鮮族料理店「延吉香」でも、羊肉のネギ炒めである「葱爆羊肉(ツォンバオヤンロウ)」がランチメニューに入っている。中国朝鮮族というのは、吉林省東部に位置する延辺朝鮮族自治州に暮らす朝鮮系住民(中国では「朝鮮族」と呼ばれている)のこと。つまり、この店では東京に住む中国朝鮮族の人たちが自分たちの故郷の料理を供しているのだ。

この地方の料理は、図們江(朝鮮名「豆満江」)を隔てて南に位置する北朝鮮咸鏡北道の味覚をベースにしているが、中国料理の影響も受けており、独特の中朝ミックス料理だ。羊肉を多用し、羊の串焼きである「羊肉串(ヤンロウツァン)」が有名だ。

錦糸町の東北料理店「辣香坊」にもマニアックな羊料理のランチがある。羊のモツスープの「羊雑湯(ヤンザータン)」と、ご飯代わりに小麦粉のネギ入り中華風クレープ「葱油餅(ツォンヨウビン)」が組み合わされた「老北京セット」だ。一般に羊肉のスープは臭みがあるため、日本の人は敬遠しがちだが、それを看板メニューとしている店である。

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錦糸町「辣香坊」では羊スープに焼き小籠包などの粉モノの組み合わせが楽しめる

「麺」でいえば、四谷三丁目の「日興苑 食彩雲南 過橋米線」では、雲南省の名物料理である「過橋米線(かきょうべいせん/グオチャオミーシェン)」がランチで食べられる

過橋米線は、鶏ガラや豚骨などをじっくり煮込んだ塩味ベースのスープに、米粉でつくるライスヌードル(米線)を入れる。スープはあっさりしているが、深いコクがある。また米線は油の吸収率が低く、低カロリーなヘルシー麺として、中国では若い女性に人気のファーストフードである。

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四谷三丁目「日興苑 食彩雲南 過橋米線」は10種類以上のスープが異なる米線が味わえる

消えゆく町中華の代わりとして


筆者は最近、このような特色のある中華ランチを探すことを楽しんでいる。これらの店はいわゆる高級店ではない。大衆的な値段ながら、中国の外食トレンドをふまえた、バラエティ豊かな本場の料理を提供している。実感としては、いま街場の中華において静かなランチ革命が起きていると言ってもいい。

こうした興味深い今日の状況に至るまでには、長い月日と彼らの飲食業における経験の蓄積や成熟があった。
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文=中村正人 写真=東京ディープチャイナ研究会

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