男に興味を持った津田は、彼の席へと移り、自分の読んでいた「ピーターパンとウェンディ」について語り始める。男も、栞がわりの1万円札が挟まれた津田の本に興味を持ち、手に取ってなかの一節を「ここ、よくない?」と指し示す。それを聞いて、津田は今度会ったときにその本を貸すと男に約束する。
しかし、津田が男に本を貸す機会が訪れることはなかった。男はその夜を境に、妻と娘の家族3人で失踪してしまうのだ。
1カ月後、時折借金もしていた古書店の老主人が他界し、津田は遺品として鍵のかけられたキャリーバッグを受け取る。鍵を開けると、なかには「ピーターパンとウェンディ」の本と、束で揃えられた3000万円、それにバラで3万円が入っていた。津田がバラの1万円札を使うと、それをきっかけに地方都市を揺るがす、裏社会も関わるニセ札騒動が起きるのだった。
『鳩の撃退法』(c)2021「鳩の撃退法」製作委員会 (c)佐藤正午/小学館
実は、最初のコヒーショップのシーンのラストで、店にもう1人の津田が現れ、彼の口から本を貸すはずだった男の失踪が語られる。そしてシーンは、1年後、津田が編集者の鳥飼なほみ(土屋太鳳)に、自分が書いた小説を読ませている場面にオーバーラップしていく。
つまり映画の物語の大部分は、津田が執筆している小説を辿るような形で進行していくのだ。原作では、後半になって初めて登場するこの津田と鳥飼のやりとりのシーンを、映画では最初のほうに移すことで、物語の構造が受け入れられやすくなっている。このあたり、脚本の妙をうかがわせるところだ。
『鳩の撃退法』(c)2021「鳩の撃退法」製作委員会 (c)佐藤正午/小学館
そして、どちらも主人公の津田が深く関わる事件である一家失踪事件とニセ札騒動が、編集者の鳥飼とのキャッチボールのなかで、絶妙のテンポで語られていく。「映像化不可能な原作」を、見事に上質なミステリーのように、先がどうなるのかという期待を持続させる作品に仕上げている。そこには原作と映画の幸せな出会いがあると言ってもいいかもしれない。
脚本開発で2年、50回は書き直した
このハードルの高い作業に挑戦したのがタカハタ秀太監督だ。彼によれば、脚本の段階で50回は書き直しをしているという。