佐藤正午の「映像化不可能」な小説をミステリーに昇華|映画「鳩の撃退法」 

物語は、主人公が執筆している小説を辿るような形で進行していく 『鳩の撃退法』(c)2021「鳩の撃退法」製作委員会 (c)佐藤正午/小学館

物語は、主人公が執筆している小説を辿るような形で進行していく 『鳩の撃退法』(c)2021「鳩の撃退法」製作委員会 (c)佐藤正午/小学館

宣伝の惹句で、よく「映像化不可能な原作を映画化」というものを見かける。「映像化不可能」という意味には2通りある。まずSFや時代劇など、物語の舞台が壮大すぎて予算的あるいは技術的に「不可能」だという場合。予算はさておいて、技術はCGの発達でいまではかなり克服されている。

もうひとつ、原作の構成があまりにも複雑で、これを映像に移植して物語として成立させるには、かなり緻密な表現力が必要とされる場合だ。映画「鳩の撃退法」は、後者に当たる。宣伝物にも「直木賞作家・佐藤正午の映像化不可能と言われた名作がまさかの実写映画化」というコピーが踊っている。

「鳩の撃退法」は、小説巧者と言われる佐藤正午が、2014年に上下巻の単行本として発表した作品だ。佐藤はこの作品の後に「月の満ち欠け」(2017年)で直木賞を受賞しているが、この作品があったからこそ受賞に至ったとも言われている。

上下巻合わせて950ページにも及ぶ長編だが、刊行当初から評判が高く、数多くの書評に取り上げられ、特に同業者である作家たちから絶賛を浴びている。

過去と現在、時には「未来」をも自由に往還し、諧謔(かいぎゃく)を交えながらも端正に綴られる文章、三人称から一人称への鮮やかな転換、小説のなかで主人公が小説を書いているというメタフィクションの構造など、作品の随所に著者の「物語る」技巧が散りばめられており、作家たちからの評価を受けるのも頷ける作品だ。

一家失踪事件とニセ札騒動をめぐって


映画「鳩の撃退法」では、この原作が持つ、主人公が小説のなかで小説を書いているという複雑な構造を、同じ画面のなかにもう1人の主人公を登場させたり、物語の大枠を主人公の小説家と編集者の会話を借りてあらかじめ設定したりして、見事に映像へと移し替えている。

津田伸一(藤原竜也)は、かつては直木賞も受賞した作家だったが、身をやつして地方都市で女性たちを送り迎えするドライバーをしていた。雪の降る閏(うるう)年の2月29日午前3時、彼は行きつけのコーヒーショップで本を読む1人の男(風間俊介)を見かける。
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文=稲垣伸寿

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