ちなみにこの村上春樹の短編「ドライブ・マイ・カー」は、筆者の推測だが、ビートルズの「ラバー・ソウル」(1965年12月英米でリリース)というアルバムの冒頭を飾る曲「ドライヴ・マイ・カー」に、タイトルをインスパイアされているのだろう。
続くアルバムの2曲目は「ノルウェーの森」で、これも村上春樹のベストセラー小説「ノルウェイの森」(1987年)との関連を想起させる(「ドライヴ」と「ドライブ」、「ノルウェー」と「ノルウェイ」と微妙に変化はつけているが)。
濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」は、今年7月の第74回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で脚本賞を受賞した(共同脚本の大江崇允とともに)。
濱口監督は3月にオンラインで開催された第71回ベルリン国際映画祭でも、「偶然と想像」という作品で最高賞に次ぐ審査員グランプリを受賞しているので、世界三大映画祭(もう1つはヴェネツィア国際映画祭)での立て続けの受賞はまさに快挙と言える。
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濱口監督の緻密な脚本づくりが光る
冒頭でも触れたように、映画「ドライブ・マイ・カー」は、約3時間、179分の長尺だ。それが村上春樹の50ページに充たない短編小説を原作としているわけだから、当然、脚本にはオリジナルなストーリーが加えられ、さまざまな映画的趣向も盛り込まれている。
実は、濱口竜介監督は「ドライブ・マイ・カー」を映画化するにあたって、この原作小説が収録されている短編集の別の作品からもインスピレーションを受けていたという。
濱口竜介監督(c)2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
「原作は短編なので、映画にするためには材料が明らかに足りない。膨らまさなければならないが、それが物語にとって見当違いなものではいけない。何度も原作を読み返すうちに、『女のいない男たち』に収められている、同時期に書かれた作品にはどこか互いに共通するものを感じた」
こう語る濱口監督がモチーフとして採り入れたのは、同じ短編集に収録されている「シェエラザード」と「木野」という作品のものだったという。これが主要人物の背景や状況をかたちづくるうえで印象深いコントラストを与えている。いつもながらの、濱口監督の緻密な脚本づくりが光っている部分だ。カンヌ国際映画祭での脚本賞受賞も宜なるかなである。
家福(西島秀俊)は、自らも役者として舞台に立ちながら、演出も手がけている。脚本家である妻(霧島れいか)は、家福との情事の後、きまって不思議な物語を語り始めるが、翌朝になるとすっかり忘れている。
(c)2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
家福の愛車はスウェーデン製の赤いサーブだ。自らハンドルを握りながら、助手席に乗る妻に、昨夜、彼女が語った物語を繰り返して聞かせる。メモを取る妻は、どうやらそれを自分の作品に役立てようとしているらしい。