ビジネス

2021.09.03

世界は「AI経営」へとシフトする。いま、求められる未来をつくる人材とは

左:染谷隆夫 東京大学大学院工学系研究科長・工学部長 右:桂 憲司 PwCコンサルティング 常務執行役 パートナー


染谷:
またAI経営には、ビジョンをもつことが極めて重要です。というのは、社会課題が複雑になるなか、自分たちのゴールを目指す際にも、新しい技術が次々に生まれ、途中でシナリオを刻々と書き換えていかなければなりません。すると自分たちの望む社会や目標が何か明確でなければ、場当たり的な対応にならざるをえない。つまり、全員で共有可能なビジョンを掲げ、方向感をもって各自がベストを尽くし、全体に貢献するような自律的な仕組みが必要になってくるのです。

桂:そこできっちり結果を出すには幾つか条件がありますが、なかでも全体とディテール、両方を同時に考え、把握する力が求められます。共有するビジョンと自分のタスクを切り分けず融合して、それぞれにリーダーシップを発揮して最大のアウトプットを出す、これこそが秘訣のひとつではないでしょうか。

染谷:私がひとつ、AI人材で重要なものとして加えたい資質は、領域や役割を超え、新たなつながりを見いだせるコーディネート力です。

従来のエンジニアはある種、与えられたリソースやルールのなかで最大効果を追求してきたが、変化の激しい現代では、勝負のルールや境界線がどんどん書き変わる。デジタル化であらゆるものがつながるなか、以前ならお節介といわれる領域にも自らはみ出していき、ときにゲームのルールまで自分で決めていく。さらにルールの構築という文系的視点をも擁して、あらゆる境界を超越し、自ら進んでコーディネートする。そんな力がとても重要なのです。

そしてその際に求められるのは、変化を導いていける人間性です。人は概して変化より安定を好みます。ただ変化を誘導できないと、その変化は始まることすらない。だからアナログからデジタルへ、多くの人を導く必要がある。自らは変化を恐れない一方、変化に伴う人の気持ちや痛みがわかっていなければ、それを拒む人たちを引っ張ってはいけません。

桂:よく言われるのが「優秀なアイデアを出した人より、最初にアイデアを思い付いた人のほうが偉い」ということ。変化に対してみんなを先導するには、やはり新しい世界に最初に切り込んでいくのが大事。そこからすべての議論がスタートするのだと思います。

染谷:今回のAI経営寄附講座を開設するにあたり重要視したのは、実践力の強化です。優秀なAI人材として必要な力は大きく2つ、ひとつはやはり基礎力。AIの数理やハード面の仕組みなどを理解する力です。そしてもうひとつが実践力。こちらは具体的な課題に適用して結果を出す能力です。

大学は基礎力を鍛えることにはすでに膨大な知見がありますが、特に新分野における実践力という面ではこれまで企業任せで、十分とは言えませんでした。

しかし現在は社会変化のスピードが速く、従来の役割分担では遅すぎて、基礎力と実践力の両方を大学で鍛えることが求められています。結果、大学と企業の距離感も変化し、大学のなかに企業が少しずつ入って一緒に人材育成をしていくようになった。これによって基礎力と実践力をバランスよく教育する枠組みができつつあります。


桂は「現状を大きく変える最善策は人材育成。これからの産学連携を模索しながら、社会課題解決に貢献するAI人材を育成したい」と語った

:日本企業のDXの後れをはじめとする危機感に対して、「AIができることは何か」という話をいろいろな場でさせていただくなか、現状を大きく変える最良の方法は人材育成であるという点で東大と一致し、この講座の話がスタートしました。

企業にとって利益追求は当然ですが、染谷先生がおっしゃったように大学が変わっていこうとするなか、企業も変わらざるをえない。さまざまな社会課題を解決し日本を変えたい、そのためにAI人材を大きく育てていきたい、そういった使命感のようなものがある。それがこの講座のモチベーションになっていますね。
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text by Fumihiro Tomonaga | photographs by Shuji Goto | edit by Akio Takashiro

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