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シネマの女は最後に微笑む

主人公のみつ子を演じたのん(Yuichi Yamazaki/Getty Images)

これまでにない規模で拡大したコロナ第5波の影響で、この夏のさまざまな予定を取りやめにした人は多いだろう。

すっかり定着したリモートワークに遠隔授業など、人との交流形態が決定的に変わってしまったこの1年半、元からあった縁は維持されても、新しい出会いや関係の深まりのチャンスは確実に減っていると思われる。

知人の誰かともっと親しくなりたい、ゆっくり話をしてみたいと思った時は、食事に誘うのが一般的だ。話題は何でもいい。一緒に今食べているものについて楽しく語り合えるなら、その人とはもっと仲良くなれるだろう。また食べ物の好みから、相手の育った環境や普段の生活ぶりも見えてくる。

「一緒にごはんを食べる」ことは人間関係の基本だと、こうした機会が極端に少なくなった今、改めて思う。

芥川賞作家・綿矢りさの原作を元にした『私をくいとめて』(大九明子監督、2020)は、1人で食べる気楽さから、やがて2人で食べる楽しさへと目覚めていく女性のドラマだ。

みつ子(のん)は、31歳独身の会社員。会社ではてきぱきと仕事をこなし、プライベートの行動パターンは基本「おひとりさま」だ。食品サンプル作り体験講座に行くのも、公園でサンドイッチを食べるのも、焼肉を食べに行くのも1人。

だが彼女の生活に裏寂しさは感じられない。外でうっかり出た独り言で知らない人に引かれることはたまにあっても、会社の先輩ノゾミさん(臼田あさ美)とはそれなりに仲がいいし、こざっぱりとしたマンションの部屋は居心地良さそう。

みつ子の癖は、架空の人物Aと会話することだ。Aは落ち着いた男性の声で登場し、みつ子の迷いに答えたり、嬉しさに同調したり、落ち込みをそっとフォローしてくれたりする。とはいえ、それはもちろん自己完結したやりとり。1人に慣れてしまった人は、だいたい人知れず頭の中にAを住まわせているものかもしれない。

みつ子を伸び伸びと演じるのんがすばらしい。会社でのわきまえた感を出した物言いと、1人でいる時の腹の底から出てくるような生き生きした発声、どこか鈍臭く少女っぽさの抜けない動作。ポップなファンタジー場面が挿入される画面と相まって、のんを見ているだけで楽しい。

同じ原作者、監督の『勝手にふるえてろ』のヒロインと共通する点は多いが、あそこまでの危なっかしさや痛々しさは影を潜めている。もう少しだけ社会や人間関係に適応し、自分を客観視し、周囲をクールに眺める「大人」の視点がある。大人だから、1人の孤独の飼い慣らし方も年季が入っているのだ。

「揚げ物」が象徴する恋の盛り上がり


そんなみつ子が1年前から少し気になっているのは、取引先の営業マン、多田(林遣都)。彼と近所の商店街でたまたま出会った彼女は、自炊していることをいたく感心され、ひょんなことから毎週おかずを多田に分けてあげることになる。

このエピソードの中の、まだ個人的に親しくはない2人の会話のぎくしゃく感と、ほのかな好意から来る配慮や、遠慮しながらの踏み込み感とのバランス具合が絶妙だ。

年齢の割には初々しい2人のやりとりを見守っている、コロッケ屋の店主の下町っぽい雰囲気もいい。

マンションまでおかずをもらいにくる多田と、弁当箱に詰めて渡すみつ子。だがいつまでたってもそれ以上関係が進展しないのは、多田が年下のこともあるが、みつ子の中で情熱よりも不安と面倒くささが勝っているからだ。

文=大野 左紀子

映画
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