さらに自然の良さや貴重さを広く伝えていくこともエコツーリズムの重要な役割であり、自然環境に対する理解者の獲得も目指す。海外ではそのような考え方が早くから根付いていたのだと星野さんは言う。
スイスのツェルマットでは、’61年にガソリン車でのアクセスを禁じたカーフリー制度が住民から提案されている。もう60年も前に、氷河をはじめとする雄大な自然を資源かつ財産と捉え、美しくクリーンな町を維持するための取り組みがスタートしていたのだ。
「最近ではオーストリアのオーバーレッヒで興味深い開発がありました。日本の老舗温泉旅館のような古いホテルが立ち並ぶ村で、昔から観光で有名な素敵な場所なんですが、サンアントンやステューベンといった周辺のスキーリゾートが力をつけてきたことで長く集客力が落ちていたんです。
そこで18軒のホテルオーナーが団結して、改めて自分たちの村のコンセプトを見直そうという動きが起きました。結果として彼らが取った策は車の排除。村から遠い場所に大きな駐車場を造り、そこからは地下道を通ってホテルにアクセスするようにしたんです」。
車を排除すると道路がなくなり、地上のすべてが冬はゲレンデとなり、夏は草原となった。美しい景色だけが残ったのだという。
「景観を壊していたのは何か?車や道路、白い雪を黒ずませる排ガスだったんです。ものすごく大きな決断なんですけれど、美しいアルプスの風景を取り戻すことでオーバーレッヒは大復活を遂げました」。
集客力が落ちた理由は経済原理に求められる。自然観光においては環境に配慮する姿勢を市場は評価し、お客は戻ってくる。それが今という時代なのだと、星野さんは指摘した。
大衆的なマスツーリズムと小規模なエコツーリズム
「星野リゾート」代表 星野佳路さん●1960年、長野県生まれ。大学卒業後にアメリカの大学院に留学。帰国後、現職。圧倒的な非日常を提供する「星のや」、王道なのに新しい温泉旅館「界」、トマム、アルツ磐梯といったスノーリゾートなど総合リゾート運営会社を経営。年間60日の滑走を目標に掲げるスキーヤーでもある。
これまで観光業界に見られた旅行商品は大衆を対象とするものが多かった。“マスツーリズム”と呼ばれるその観光行動はリーズナブルさが特徴で、だから多く販売する必要がある。
自治体の観光評価も「年間何万人」など訪問者数によって行われることから、観光バスから大量の旅行者がドッと吐き出されるといった現象が起きる。人が多く足を踏み入れるので環境負荷を高めやすく、自然環境への啓蒙もしがたい。
短い滞在時間で次の目的地へ移動してしまうため、そこが世界自然遺産の登録地だとしても、登録された背景への理解を深めづらいのだ。