元横綱が新たに採り入れるものとは──北野唯我「未来の職業道」ファイル


北野:親方は引退後、早稲田の大学院でスポーツ科学を学ばれましたね。相撲部屋における新たなマネジメントを考察する論文も読ませてもらいました。

荒磯:いまは田子ノ浦部屋の部屋付きで、いわゆるコーチのような役割ですが、この3月には自分の内弟子が3人決まりました。将来は独立して自分の部屋をもつとなれば、また違う人生が始まります。そのための準備をしようと考えました。

論文に「科学的な筋トレを採用する」という提案を書きましたが、自分の場合は25歳でバチッと筋トレをやめたんです。やはり硬さも出てしまうし、日本人独特のおなかの使い方、気の取り方もできずに、力だけに頼ってしまうので。そこから大関に上がり、横綱にもなれました。

北野:結果も付いてこられたと。

荒磯:ただ、筋トレをやり続けて強くなる子もいると思うんです。そこは十人十色。科学的な構図でいくか、武道的な気の入り方、線の入り方、意識のもち方を鍛えていくか、しっかり一人ずつ見極めなくてはいけません。それまでに生きてきた環境も違いますし、性格も違えば、手足の長さも違う。

例えば、いまの相撲界では「日本人力士は最近弱くなっている」といわれることがあります。でも、おそらく伝統的な稽古やトレーニングの内容が、欧米化して椅子で生活する現代の日本人の体には合ってないだけだと思うんです。

北野:非常に面白い着眼点です。

荒磯:モンゴルの家は床で暮らす文化の雰囲気が残っているじゃないですか。だからモンゴル出身の白鵬や日馬富士は、日本の昔ながらの稽古にバチッと合っている。ほかのスポーツでも、外国人選手たちは砲丸投げでも円盤投げでも叫ぶでしょう。息を吐き出すほうが彼らは強いんですよ。日本人が歯を食いしばるのと逆ですね。

北野:体の使い方がまったく逆なわけですか。

荒磯:最新技術を使ってトレーニング環境も工夫できるはず。アメリカのカレッジフットボールの日本人コーチに話を聞いたら、彼らはVRを入れてフォーメーションを組むところまで進んでいました。それに対して相撲界は「立ち合いが8割」とまでいわれるのに稽古場にカメラがなく、もったいないなと思っていて。稽古場のどの位置にカメラを置いたら撮りやすいかも研究しました。

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北野:本当はみんなにとっていい改革であっても、いざ伝統的な業界で進めようとすると反発も起きませんか。

荒磯:全部を変えるとか、そんなことはまったく思わないです。自分のところだけでもやり始めたら、それがいいと思う同僚の親方たちが続いてくればいいと思うくらいです。全体の実力が底上げされれば、面白い相撲も増えますから。

大相撲のお客さんはすごい目が肥えていて、技術的なことも見ていますし、力の部分も見ている。力士の力が落ちてくると、やっぱり拍手もないです。自分の考えることが科学と呼べるかはわからないですが、興味をもって研究しています。
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文=神吉弘邦、北野唯我 写真=桑嶋 維(怪物制作所)

この記事は 「Forbes JAPAN No.081 2021年5月号(2021/3/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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