日本の国技、相撲。神話時代からの歴史をもち、現在は大相撲として興行が続く。その頂点を究めた元横綱が新たに採り入れるものとは。
北野:この連載では、皆さんに「キャリアの節目」を伺います。荒磯親方の場合はいつでしたか?
荒磯:横綱に上がる1年前ですね。当時は大関に丸4年いて、優勝が1回もなく苦しい時期でした。それまでの14年と肉体面でも、メンタル面でもすべて変えようとしたんです。大相撲について神道などにさかのぼって勉強もしました。
入門以来、弱肉強食の世界にいて精神的に追い込まれ、常にイライラして怒っていたんですが、やっぱりいいことないですよ。ある先生から「日本人は『和』の精神を大切にする。他人を応援できるくらい変われれば、自然と力が付いてくる」と言われて楽になりました。
北野:誰かが勝ったら誰かが負けるシビアな世界で、いわゆる「禅」的な考え方にたどり着いた。
荒磯:もう、生まれ変わるしかないと。勝ち負けは表裏一体。人は負けたときや調子悪いときだけ切り替えようとするけど、本当は勝ったときも切り替えなきゃいけない。すべてが一つのものだという気持ちになれました。横綱に上がる優勝を決めたのが、場所の14日目。白鵬が負ければ自分の優勝が決まる瞬間に、「白鵬、頑張れ。千秋楽は一騎打ちで勝負するんだ」と思ったんですよ。だから白鵬が負けたとき、優勝の喜びよりもガッカリする感覚でした。
北野:怒りやネガティブな感情など、自分の心の弱さに打ち勝つという考え方は、もはや「道(どう)」の世界だと感じます。「内観する力」というか。
荒磯:どちらかというと、小さいときは嫌なものから逃げてしまう性格でした。キツイことが嫌で、持久走もショートカットでズルするタイプ(笑)。野球も本当にラクしてやっていました。
北野:それがなぜ内観するまでに至ったのですか?
荒磯:相撲のスタイルを追究したとき、絶対「逃げたら勝てない」と変わってきてからです。体の使い方や気持ち、中心線の入り方などを勉強した結果、やっぱり逃げると入り込めない、自分の相撲が取り切れないと気づきました。
北野:振り返って「相撲道」をどう定義されますか。
荒磯:先代の鳴戸親方は「土俵は人生の縮図だ」と言っていました。生き方そのものが出るから、相撲を取らせたら、性格にせよ、心理状態にせよ、すべてわかるんだと。大相撲は「ここ一番」もそうですが、勝つときに「見えない力」が働く。逆に、変なことをしてしまうと、自分が嫌な気持ちになりますし、力士には人生そのものを見せる職業という側面があるかもしれません。